海外人事
【連載】第 28 話 危機管理の要諦(失敗から学ぶ海外人事)
2019.10.01
第 28 話 危機管理の要諦
こんにちは、 海外危機管理コンサルタントの山本優です。
これは、 知り合い(N さん)から聞いた話です・・・
N:「何年か前にね、うちの会社の店舗に強盗が入ったんだよ。」
私:「へぇーーー!そりゃ、大変やったね。」
N:「東南アジア系の男がさ、店に入ってくるなり、かね!かね!ってさ」
私:「こえー!そいつは、武器もってたの?」
N:「ナイフを構えて、突然入ってきたんだよ。」
私:「そりゃ、不味いやん。それで、どうなったの?」
N:「そこの店長がさ、けっこう良い体格した空手の有段者でね、めっちゃ強いのよ。
相手が小柄で弱そうだったんで、勝てる!と思ったらしいんだよ。」
私:「それで、店長はどしたの?」
N:「ごるぁああ!って逆切れして威嚇したらしい」
私:「ほぉ~、勇敢だね。っていうか、そんな店長って、客もびびるよね(笑)」
N:「そしたら、強盗は逃げてったらしい。結局、被害はゼロだったんだよな」
私:「そっかー。無事でよかったなー、社内表彰レベルだね。」
N:「ところがさ、その武勇伝を本社に報告したらね、社長から思いっきり怒られたんだと
よ(笑)」
この店長、なんで社長に怒られたんでしょうか?
実は、そこに企業の危機管理の要諦があるのです。
【何を守りたいのか?】
私は、政治家でも、思想家でも、市民活動家でもありませんが、最近の安保法制の議論については、皆さんと同様に色々と思いを巡らすことがありますね。
かなり以前からですが、テレビを観ておりますと、政治家や評論家等が「国益」と いう言葉を頻繁に口にするようになりました。
「国益に資する為に」という言葉を聞くと、なんとなくのイメージで、それがとても重要だと感じますよね。そして、あたかも「そんなの当然、みんな分かってることだろう」という「得体の知れない空気」があります。
でも、「国益」って、具体的に何を指しているのでしょうか?
この重要な「国益とは?」という理解の仕方を、我々日本人は、まだまだ議論し尽してないのかもしれませんね。
それぞれの立場で、日本人にとって「大事な物」の優先順位の付け方が、違っているのでしょうかね。
ある人は、「国民の生命・自由・幸福追求の権利」が一番大事だと思ってるかも知れませんし、またある人は「領土だ!主権だ!アイデンティティーだ!」と言うかも知れません。
いやいや「日米同盟だ!」と思っている人も、少なからずいるようですね。
危機管理の観点から見ると、実は、「守るべきは何か?」の合意が形成されていないというのは、非常に大きな問題なのです。それが決まらないと、効果的な危機管理の仕組みを構築することは出来ません。
だからこそ、安保法制の議論は、喧々諤々、紛糾するのだと思っています。私達は、さまざまな違った価値観のせめぎ合いに直面しているのかも知れませんね。
【企業にとって、守るべきは?】
企業の危機管理標準を策定する際にも、まったく同様の議論が必要です。自分達が勤めている会社にとって、「何が大事なのか」という共通の価値観を醸成しておくことが、非常に重要です。
多くの場合、経営者が「何を大事だと思っているか」が、危機管理体制に色濃く反映されるのです。
危機管理体制が、そもそも無い・・・なんていう会社は、社長さんが自分のことしか考えない人かも知れませんから、従業員の皆さんは早めに転職しましょう ね。
経営者にとって最も大きな不安は、赤字決算・廃業・倒産ですよね。つまり、「何が起こったら、会社が無くなってしまうのか?」というところから、議論を始めるべきだと思っています。
「何が起こったら、会社が無くなってしまう」のでしょうか?
多くの経営者の皆さんが、経験的に知っていることがあります。
それは、「信用を失ったら、全てを失う」ということです。
企業の危機管理標準は、事業の核心的利益の根幹である、「信用」を維持する為に、議論され、策定され、運用されるべきものなのです。
逆にいえば、損益計算書の短期的な利益確保の為に、大事なものを犠牲にして「信用失墜」を招いた経営者は、事業の幕引きを余儀なくされる可能性が高いと言わざるを得ません。
そんな大事なものとは一体なんでしょうか?
それは、「人」です。企業の海外危機管理で最優先すべきことは、「人への安全配慮」なのです。
【海外危機管理の要は、海外人事です】
海外に進出している企業は、危機管理体制の一部として、「海外危機管理体制」を整備しておくことは、今や常識化しつつあります。
「海外危機管理体制」なんて、そもそも無いという会社は、経営陣が「海の向こうのことは知らんぷり、俺たち安全な日本にいるから大丈夫」と思っているかも知れませんから、駐在員の皆さんは早めに転職しましょうね。
海外進出には、国内には無い様々なリスクが伴います。それは、業態によっても、進出先国によっても違います。
海外駐在員の安全配慮義務の遂行は勿論の事、帯同家族、出張者、現地従業員の安全も配慮する必要があります。
窃盗、強盗、レイプ、誘拐、詐欺、労働争議、現地官憲による不当拘束、紛争、テロ、反 日暴動、感染症、メンタルヘルス、賄賂要求、企業脅迫、情報漏洩、従業員の不正行為、訴訟、地震、津波、洪水、火災、竜巻、大気汚染、交通事故、・・・・・・・
数え上げたらきりが無い程、多種多様なリスクを想定しておかなければなりませんよね。
まさに「渡る世間は鬼ばかり」です。
実は、海外人事機能には、危機管理上の重要な役割があるのです。
それは、海外事業運営を健全に維持できる「人材を採用・発掘・開発」し、「適切に処遇して動機づけを維持」し、「法律」に則って、「円滑に安全に赴任・帰任」させるということです。
その基本的な機能が整備されていないと、赴任先で様々な不具合が生じます。場合によっては、海外事業のみならず、会社全体の事業に支障を来す恐れがあります。
日本本社では、危機管理の責任者は、多くの企業で経営者とされています。
しかし、遠く離れた海外事業所においては、事実上、その役割を駐在員が担っているのです。
海外人事は、海外事業所に「経営者・危機管理責任者」を送り込む仕事をしているんですね。
次回は、 このコラムの最終回となります。私自身の「海外人事に寄せる想い」を、皆様にお伝えしたいと思います。
【連載】失敗から学ぶ海外人事(第 27 話 強盗だー!でも、直ぐに助けはこない!)
2019.10.01
第 27 話 強盗だー!でも、直ぐに助けはこない!
今回は、海外での身近な危機管理について、考えてみましょう。
私は、メキシコ工場立上に従事していた頃、最初はアメリカ側のホテルに滞在しておりました。立上部隊の若手三人で、いつもの様に夜遅くまで、私の部屋で愚痴を言いながらビールを飲んでおりました。
12 時も過ぎた頃、同僚の二人は、それぞれの部屋へフラフラと帰って行きました。
彼らが私の部屋を出た、僅か 2-3 分後・・・・
ドアをノックする音が聞こえました。酔っていた私は、同僚が忘れ物でもしたのかと思って、躊躇なくドアを開けてしまいました・・・
「しまったぁ・・、開けてしもうたぁ・・おかあちゃん、ごめん!先立つ不孝をお許しください・・」と、心の中で叫んでいました。なぜなら、ドアを開けた向こう側には、屈強な大男が3人、憮然とした表情で立っていたからです。
「強盗だ・・・俺は、ここで死ぬんだ!あーー、どうしてドアを開けちゃったんだろう・・・、妻よ、息子よ、娘よ、、さようなら!お父さんは、あなた方を心から愛してるよ!」
こういう場合、泣けど叫べど、助けはこないのです。
どうしましょうかね・・・
私は、突然の危機に、茫然と立ちすくんでいました。あまりの恐怖に、全てがスローモーションで、思考が停止し、動くことすらできませんでした。
やがて、三人のうちの一人が、私に向かって言ったのです。
「Oh…We are very sorry, Wrong room….」
(すんません、部屋まちがった。)
私は、ドアを静かに閉めて、生まれて初めて神様に感謝したのです。
翌朝、ホテルのレストランで、どっかの大学のアメリカン・フットボール選手たちが、もりもり朝飯を食ってるのに出くわしました。たぶん、遠征に来てたんでしょうね。
そのうちの一人が、朝食中の私を見つけて近寄ってきました。私の部屋を、ノックした若造
でした。
「Sorry last night.But,I am not a bad guy!HaHaHaHa!」
(昨晩は、ごめんね。でも、俺は悪者じゃねぇよ。がっはっはっは!)
と言って、バカ受けしながら、私の肩を叩いて行ったのです。
笑い話で済んで、よかったですわ・・・
【ホテルのドアを開けさせる、さまざまな手口】
海外のホテルに宿泊する場合、ドア一枚が生死を分ける境界線になることがあります。
ドアをうっかり開けてしまった為に、強盗に殺されたり、女性がレイプされた事例があります。
ある時は、ルームサービスのフリをして、ドアを開けさせようとします。また、ある時は、シャワーの修理に来たと称したり、あの手この手で、部屋に侵入しようとするのです。
プロの犯罪者は、ターゲットの心理状態を巧みに利用します。
私が経験したように、顔見知りやルームサービスが部屋を出た直ぐ後に、ドアをノックすると、「引き返してきた」と勘違いして、ついうっかりとドアを開けてしまう心理を利用したりします。
開けてしまったら 、電撃的に襲撃が行われますから、素人の私達には、どうしようもないのです。
【置き引き・スリは、日常茶飯事】
「今、何時ですか?」
ある国の空港のベンチに座っていると、おじさんに肩越しに背後から訊かれることがあります。
親切なあなたは、後ろを振り返って、時間を教えてあげるのです。
次の瞬間、あなたが隣の座席に置いていた、バッグが忽然と消えていたりします。当然、時間を訊ねたおじさんと犯人はグルなんですが、既に逃走してしまっています。
「あーー、しまったー。赴任前の研修で、荷物は体から離してはいけないと、習ったはずだ ったのにぃ・・」
と、後悔しても遅いですよね。航空券、パスポート、携帯電話、財布、クレジットカード・・・
全部盗られちゃったら、どうすることも出来ませんね。
バッグを盗ま れたら 、 身分証明すら 出来ません。空港職員に助けを求めても、言葉が上手く通じません。 飛行機に乗り遅れても、次のフライトの予約すら出来ません。ビジネスの予定は、全てキャンセルになりますよね。あっ、その日のホテルも予約できませんから、空港で夜を明かしますかね。
直ぐには、誰も助けに来てくれませんよ。日本の海外人事に国際電話して、ピックアッ プしてくれる迄、待ちますか?どうしますか?
私は、物語を語っているのではありません。
このコラムを読んで頂いている、多くの海外経験者の皆さんが、「そうそう、そうなんだよなぁ」と、相槌を打って頂いていると想像しています。
【最大の敵は、何か?】
プロの犯罪者は、仕事をする際に、相当のリスクを負いプレッシャーを感じています。最大のプレッシャーは、仕事に失敗し、警察に捕まる可能性です。いわば人生全てを、最悪の場合は自分自身の命を賭けて、犯罪行為を行うのです。
もし、あなたがプロの犯罪者だったら、どういう人をターゲットにするでしょうか?
私なら、「狙いやすい奴を狙う」を徹底しますね。
実際のプロの犯罪者も、同じ心理が働いています。リスクを低減する為に、「狙いやすいターゲットを探す」のです。
屈強な男性より、弱そうな男性。素面の男性よりは、酔っぱらってる男性。男性よりは、か弱い女性。女性よりは、老人や子供。
という具合に、より狙いやすくなっていきますよね。狙いやすいターゲットを、「ソフトターゲット」と呼んでいます 。
彼らの判断は、相対的な比較に基づいています。犯行の場所において、より「防備の脆弱な人」を候補に挙げて行くのです。
しかし、彼らが最終的にターゲットと決めるのは、どういう人でしょうか?
それは、「油断してる人」なんです。
これは、全世界共通の「ソフトターゲット」なのです!
プロの犯罪者達は、「油断してる人」を探し出すのが、天才的に上手なんです。ターゲットの選定が上手くいけば、仕事の半分以上は終わったようなもんです。
まさに、「油断大敵」ですね。
【本社は、何も出来ない】
海外で、出張者や駐在員が犯罪に巻き込まれたとしても、実は、本社にいる海外危機管理担当部門は、 「直ぐには、何も出来ない」のです。
なぜなら、現場は、飛行機乗って行かなければならない、遠く離れた異国の地だからです。
だからこそ、駐在員に赴任前研修で、「自分の身は、自分で守る」を深く心に刷り込んで置かなければなりません。
犯罪被害に遭ったとしても、直ぐには誰も助けに来ない事の重大さを、駐在員全員に、よぉーーく理解させておかなければならないのです。
ひったくりが盛んな国もあれば、強盗で有名な国もあります。色仕掛けで、睡眠薬を飲ませて身ぐるみ剥ぐ犯罪グループが問題となっている場合もあります。
途上国では、誘拐が頻繁に発生している地域もありますよね。
国よって、警察に頼っても良い場合もあれば、警察が犯罪グループに加担しているような国もあります。警察官が正義の味方だと、 100%信用できない現実もあるのです。
自分自身が赴任する国での、犯罪被害の特性を良く頭に叩き込んで、被害に遭わない為の極意を学んでから渡航することは、非常に重要なことですよね。また、犯罪被害に遭ってしまったらどうするかを、予め準備しておくことも重要です。
最近は、海外赴任前の良質な危機管理研修を提供しているコンサルティング会社があります。専門家のレクチャーを受けることは、駐在員・帯同家族、そして会社としても、とても有益だと思います。
【最後に、一言・・・】
日本企業の駐在員に選ばれる人達というのは、ご家族も含めて、非常に真面目で親切で善良です。
そういう人達が、社命を受けて慣れない異国の地で仕事をし、生活しているのですから、企業は決して安全配慮義務を忘れてはなりません。
さらに、駐在員の派遣は、単なる実務担当者ではなく、会社の屋台骨を支える海外事業所の経営者を送り込むという感性が必要ですね。
海外駐在員の業務上・生活上の安全を確保することは、企業にとって、海外事業の安定性を確保することに直接繋がると思っています。
次回は、「海外危機管理の要諦」について、考えてみます。
【連載】失敗から学ぶ海外人事(第 26 話 ついにでたーっ!豚インフルエンザ!)
2019.09.24
第 26 話 ついにでたーっ!豚インフルエンザ!
2007 年頃、私は海外人事にあって、海外危機管理をメインに担当するようになっていました。その頃、いろいろな海外危機管理セミナーに意欲的に参加していましたが、必ずと言っていいほど「新型インフルエンザ対策」が、話題に上るようになっていました。
セミナーに参加している各社の「危機管理担当者」の皆さんは、新型インフルエンザ対応マニュアルの策定に、腐心されていたようです。
2008 年頃から、社内の総務に「危機管理委員会」の設立が決定され、私自身も、「新型インフルエンザ対策本部事務局」のメンバーとして吸収されました。
っていうか・・・総務には海外に詳しい人材はいなかったので、ほぼ 無理矢理に巻き込まれたという感じだったですね。
事務局といっても、やる気満々な総務部長さんと私の2人きりの、非常に寂しい状態でした 。
兎に角、体育会系のブルドーザーのような総務部長さんと二人で、「新型インフルエンザ対応標準」なるものの策定に、着手したのです。
今回は、 危機管理標準の策定が、 なぜ難しいのかを考えてみました。
ほんとに、不況が長引いていて、なかなか経営が上手く行かない企業が多いようですね。
政府も、さまざまな経済政策を実施していますが、景気が良くなってる実感が沸きません。
・・・っていうところから、お話すると、「何言ってんの?危機管理の話だろ?」と、思われる方が多いと思います。
でも、経済・金融政策と危機管理標準策定とは、策定の困難さについて共通点があると思っています。
どういう共通点があるのでしょうか?
【あくまでもモデルです】
私は、大学時代に経済原論という、非常に小難しい学問を学びました。はっきり言って、ぜんぜん理解できませんでしたね(笑)
今でも、古典派経済学・マルクス経済学・近代経済学などなど、難しくてまったく分かりません。
私なりの理解 で言いますと、経済原論というのは、一定の条件下でどういう原理が働くかということを論じているのだと思っています。
「理屈の上では、こういう原理が働いているはずだ!」ということを論じているのであって、それをそのまま現実社会に適用しようとすると、前提条件が違っていたりするために、期待するアウトプットが出ないことがあるのでしょう。
危機管理標準策定においても、自社にとってのリスクを正しく評価し、一定の条件を想定して策定するのです。リスクの評価・想定を間違ったら、標準が効果的に機能しない場合があります。
そうは言っても、この世の中、何が起こるか分かりません。リスクを正確に想定することは、実は、プロの危機管理コンサルタントでも、非常に難しいのです。
「想定の困難さ」が、第一の共通点です。
【上手く機能するか、分からない・・】
経済・金融政策は、現状(結果)に対して、なんらかの施策を打つのですが、事前にそれが有効かどうか「実験」することが出来ません。
つまり、「実行」そのものが「実験」になってしまうのです。たまに、政策が間違っていても「上手くいっている」と、しらを切り続けなければならない時も、あるようですね・・・・
危機管理標準も、想定したリスクが顕在化しないと、有効性は実証出来ません。しかし、従業員の安全に関わることですから、「上手くいきませんでした。どうも、すみません。」では、済まされないのです。
「実験が困難」が、第二の共通点です。
【最も悩ましいのは、何か?】
経済・金融政策にしろ、危機管理標準にしろ、最後まで悩むのは何でしょうか?
それは、「人の心が、どう動くか?」によって、無限の選択肢があるということです。
経済・金融政策で、政府が必死で企業に賃金を上げるように働きかけました。しかし、実際にベースアップがあっても、景気の先行きが不透明で社会保障の行く末が案じられている現状では、将来の生活の不安から「貯蓄」に回ってしまっているかもしれません。
個人であろうと、企業であろうと「金を使うのか?貯蓄するのか?」は、人の心象の表現です。現在の日本の経済・金融政策は、まだまだ私達の心を動かすレベルまでには至っていないのでしょう。
海外危機管理標準においては、会社が従業員の安全をどのように考えているかの表現となります。対策を実行するのは、現場にいる従業員ですから、「自分達の安全が、しっかりと配慮されている」と納得できるルールで無ければ、効果的に機能しません。
例えば、海外有事において「拠点責任者は、従業員全員の退避を見届けてから、最後に退避」と決めたとします。その一文を読んだ拠点責任者は、「とんでもねーぞ!俺が逃げ遅れたらどうすんだよ?俺は、死んでもいいのか?」と、暴れだすかも知れません。
はたまた、義理人情に厚い駐在員達が、「社長をおいて、我々だけ逃げる分けにはいきません!」と言って、退避が遅れる場合も想定されます。
そうかといって、危なくなったら全員同時に一斉退避と決めたとします。
駐在員全員が尻尾を巻いて一目散に逃げて行った為に、 現地従業員との信頼関係が崩壊する可能性があります。その場合、危機が去った後の事業再建に、現地従業員達が快く協力してくれるかどうか分かりません。
「日本人は、危なくなると地元の俺たちのことなんかほったからしにして、自分達だけ安全な場所にトンズラしやがるんだ。何が、社員は家族同然だ!嘘つき!」と思うでしょうね。
海外危機管理標準には、そういった、さまざまな立場の人の視点に立った「心の動き」も、配慮しておかなければならないのです。
「計測困難な人の心の動き」が、第三の共通点です。
【実験できた、新型インフルエンザ対策】
ところが、私は非常に稀なチャンスに恵まれました。
2008 年中に策定した、「新型インフルエンザ対応方針」を実験することが出来たのです。
2009 年 4 月、「新型の豚インフルエンザ」がメキシコで猛威を振るっているという報道が流れ、瞬く間に全世界にウイルスが拡散していきました。
一瞬、世界各国の政府は動揺し、日本政府や多くの日系企業も過剰反応してしまいました。
また、日本人の多くも過剰反応し、風評被害も出ましたね。
幸いにも、「弱毒性」だったため大参事になりませんでした。
企業の危機管理部門は、比較的スローペースで「新型インフルエンザ対応標準」の稼働状況を、じっくりと実践しながら観察することが出来たのです。
企業は、「頭の中で構築した危機管理標準」が、「どこまで有効に機能し」、「どの段階で仕組みがするかを」目の当たりにすることが出来たのです。
頭の中だけで構築した標準は、非常に早い段階で管理限界に達し、管理体制は脆くも崩壊しました。
この時、私は、自社の「実力値」を知ることが出来たのです。
多くの企業の危機管理担当部門が、この時の経験を、感染症以外の他のリスクに対する対処行動を策定する際に、大いに参考にすることが出来たのではないでしょうか。
インターネットや書籍をちょっと調べれば、海外危機管理の標準の知識や雛形は、いくらでも入手することが出来ます。大事なことは、それらは、日本企業が海外有事に四苦八苦しながら対応した、「経験からくる知恵の集積」であるということでしょう。
海外危機管理標準の策定が完了したら、時の経過とともに形骸化させることなく、先人の知恵として大事にしてもらいたいと、切に願うばかりです。
次回は、「駐在員の身近な危機管理」について、考えてみます。
【連載】失敗から学ぶ海外人事(第 25 話 タイでクーデター?どうすりゃいいのよ?)
2019.09.24
第 25 話 タイでクーデター?どうすりゃいいのよ?
私は、海外勤務から日本に帰任し、海外人事に配属されました。その頃の私は、慣れない人事の業務で、四苦八苦しておりました。
2006年9月19日早朝、いつものように朝食をとろうと台所のテーブルについたとき、テレビのニュースが目に飛び込んできました。
「タイで軍事クーデター」という文字と、バンコクを走る「戦車」や兵士の姿が画面に映し出されていました。
「はぁ?くーでたー?なんじゃそりゃ?」
私は、口をあんぐりと開けて、呆然とニュースに見入っていました。
「えーっと・・たしか、うちの会社って、タイに事業所あったよな・・駐在員も家族も、沢山いたような気がする・・・」
突発的に、想像だにしないことが起こると、まるで他人事のように思考が停止し、現実感をまるで感じなくなりますね。
しばらく経ってから、
「そういえば、海外人事の前任者から、危機管理も引き継いでたような気がする・・」
やっと正気に戻った私は、これは自分の担当業務だったことを思い出し、ようやく思考が動き出しました。その頃の私は、海外危機管理についての知識は殆どありませんでした。この事件が、私が海外危機管理の専門分野へ飛び込む、大きな契機になったのです。
急いで通勤電車に乗っ た私は、大きな不安で胸がいっぱいでした。
「クーデターってか?とりあえず、何すれば良いんだろう?」
私は、電車の中で、出社してからすべきことを、頭の中で必死に考えていました。
【社内に経験者がいない・・・】
会社につくと、上司が深刻な表情でやってきて、
「やまもっちゃん、タイの件だけど、すぐに対応してくれ。」
「わかりました!」(えーっと・・対応ってなんや?)
と、応えたものの、何から手をつけて良いか、全くわかりませんでした。
「そうだ!とりあえず、現状の把握だ!安否の確認だ!」
会議室を占領し、ホワイトボードを三つほど運び込み、いろんな情報を書き込んでいきました。
そのうち、状況を知る必要のある人達が、ホワイトボードの前に集まって、がやがやと打合せするようになっていきました。
駐在員・帯同家族の氏名、年齢、安否情報、現地法人の所在地、出張者の居場所と安否、現地従業員の人数や動静、いろんな情報が必要でした。
そして、クーデターの状況、他の日系企業の動静、出張の取り扱い、事業所の稼働状況と今後の方針、工場を休業した場合の影響、顧客の動静・・・・
大変だったですね・・・・。どうすればいいか分からないし、経験者もいないから、訊く相手がいませんでした。
こういう状況下で、まず感じることは、「孤独感」ですね。
こういう状況下で、まず感じることは、「孤独感」ですね。
幸いにも、クーデターは所謂「無血クーデター」で、現地の駐在員からの情報やメディアの報道などで、現地では、比較的平穏な状況が維持されていることが分かりました。
大きな混乱もなく、最後にはタイの国王が出てこられ、事態は終息していきました。
まったく経験の無かった私は、海外有事においては社内の全部門に影響があるという、当たり前のことを経験的に知ることができました。
また、海外危機管理の担当部門が、どれだけ多くのことに対応しなければならないのかも経験し、日常の準備や管理業務が、会社の事業継続にとって非常に重要であることを知ったのです 。
ただ、大過なかったのは、私が単に「ラッキー」だっただけなのです。
【独りぼっちは、私だけではありませんでした】
その当時、会社には海外危機管理の基準のようなものはありましたが、整備されていませんでした。しかし、この時の経験で、海外進出企業は体系的な危機管理標準を持たないと、致命傷を負いかねないということを、痛切に感じたのです。
タイのクーデターが落ち着いた頃、海外危機管理の見直しを指示された私は、幾つかの大手企業や海外進出企業支援団体などにアプローチし、他の企業が、どのように海外危機管理を行っているのかを調べて回りました。
結果として分かったのは、海外危機管理に熱心な企業は、非常に少ないということでした。
一方で、非常に少数ですが、経営陣の強い要請を背景にして、しっかりした海外危機管理部門を作り上げることに成功した企業があります。しかし、それらの危機管理責任者の皆さんですら、例外なく、海外危機管理部門の立上初期には、私と同様に「孤独」との闘いを経験しておられたのです。
なぜなら、平時においては、日本本社には「海外危機管理」に関心のある人は、殆どいないってことなのです。企業の経営陣の最も高い関心事は、利益を確保することです。起こるか起こらないか分からない「海外有事」にはあまり関心が無い場合が多いのです。
海外危機管理構築に成功した企業は、例外なく、過去に経営陣が「海外有事」に直面し、酷い目に遭った経緯があります。一度酷い目に遭うと、企業の経営陣は、海外危機管理に係る投資は「経営上の必要経費」という認識を持つようになり、仕組み構築が一気に加速するのです。
【プロフェショナルがいた!】
私は、タイのクーデターで冷や汗を掻いていた頃、日本には海外危機管理のコンサルティング会社が、いくつか存在するということを知りました。そういった専門機関には、数々の修羅場を経験したプロフェッショナルがいて、多くの大手企業に助言しているそうです。
「助言しているそうです」というのは、扱う情報の機密性が高い為、どの会社と契約しているかということは、口外されることがないからです。
海外危機管理コンサルティング会社は、企業の経営者や危機管理責任者にとって、会社 の内情を開示し相談が出来る、心の支えになっているようですね 。
【ピーターパンの島、ネバーランド】
私は、この地球上には、ピーターパンのネバーランド・・・つまりお伽の国があると思っています。お伽の国は、優しく安全な場所です。本当の悪人なんて、殆どいないのです。安全は、無償で提供され、冒険を楽しむことができるのです。
その国は、どこにあるかご存知でしょうか?
それは、我が国「日本」です。
私たちは、簡単にそのことを感じること が出来ます。車で走っていると、人気のない場所に、沢山の「自動販売機」が設置されていることに気が付きます。
あんなに高価で、ハイテクで、現金が沢山入っていて、一個 100 円以上する安全で美味しい飲み物満載の機械が、道端に放置されているのに盗まれたり破壊されたりすることはめったにありません。
さらに、電車に乗ると、気持ちよさそうに居眠りしている大勢の人たちを、見ることができます。完全に「油断」していても、ほぼ大丈夫なのです。
朝起きたら、近所を戦車が走り回っているという光景も、日本では想像できませんよね。
そんな安全な国は、日本ぐらいなものです。
勿論、日本にもプロの犯罪者はいますし、犯罪も毎日のように報道されています。また、テロや紛争の可能性も、「ゼロ」ではありません。しかし、諸外国の実情と比較してみると、私たちは、極端に安全な環境で生活出来ているのです。
お伽の国出身の企業が、何も知らず、何も準備せずに海外に出て行くのは、サファリパークのライオンのエリアに、裸でネギ背負って入って行くようなものです。
あなたの会社は、進出国で騒乱や紛争、クーデターが発生した時に、すぐに対応できるでしょうか?
今この瞬間に、海外駐在員や帯同家族が、強盗被害に遭ったり、誘拐されたり、テロや紛争などで重症を負ったりしたら、あなた自身は、「具体的にどういう行動をすべきか」、分かっているでしょうか?
リスクの種類は違いますが、大地震や大洪水が起こったら、どうでしょうか?強力な感染症が流行したら、何をすれば良いでしょうか?
もし、あなたが、何も知らなかった頃の私のように「ニュースを観て唖然とする」しかないとしたら、早めに「備え」を検討することを、会社規模に関係なく、強くお勧めする次第です。
次回は、私が経験した「豚インフルエンザ対応」を例に、海外危機管理を考えてみたいと思います。
海外側でも日本人が対応してくれますか?(海外引越よもやま話)
2019.09.03
意外に知らない日本人が対応してくれないリスク
赴任されたことがある方ならご存じだと思いますが、これから赴任される方、もしくは駐在妻の皆様。日本人の対応がある無しについては注意が必要です。
その理由は簡単!海外引越会社にそもそも海外拠点がないこと。そのため、代理店などを使用している。さらには、海外で日本人スタッフを雇うと、コストも高くなるため、コスト削減のため近年では日本人スタッフを使用しない海外引越会社が増えています。
そこで注意が必要なのは、本当にご使用を考えている海外引越会社が、現地側はきちんと日本人対応してくれるのか、どうかということ。
もはや日本人対応は有料サービス!?
ひと昔前では、日系会社の海外引越サービスは日本人対応は当たり前の世界でした。ところが、今や海外での日本人対応はオプションサービス。本当にこれから使用を考えている赴任者の方は海外で本当に日本人が対応してくれるのか確認したほうがいいです。日本人の対応は無いけど、ローカルスタッフの日本語対応だったりしますので注意してください。
やっぱり帯同世帯や駐在妻には日本人対応が人気
英語に自信がある駐在妻もローカルの言葉はやはり苦手。もちろん中国語も難しい。そんな場合。どうしても日本人スタッフの対応があれば有難いですよね。はやり、ローカルスタッフだとちょっとした聞き間違いなのでトラブル発生の恐れがあります。また、長時間の間、ローカルスタッフだけだと少し不安もありますよね。そんな時、引越しの日本人スタッフが海外でもいると本当に安心します。だからこそ、最初から最後まで日本人が対応していることを望む駐在妻は多いんです。
【連載】失敗から学ぶ海外人事(第 24 話 外国人の招へい、そんなに甘くはないよ)
2019.08.26
第 24 話 外国人の招へい、そんなに甘くはないよ
最近、外国人実習生の逃亡が話題になっていますね。実習生を家族的な雰囲気で迎え入れたけど、突然、いなくなっちゃった・・・。良くある話です。
私は海外人事時代に、中国やフィリピン等の現地従業員を招へいする、管理担当も兼務していました。ある企業の海外人事担当者、若手の A くん、 そろそろ昼休みかな・・と思っていると、部長さんが暗い表情でやってきました。
部長 :「A くん、 すまんけど○○警察署に行ってきてくれんか」
A くん:「はぁ?わたし、まだ何も悪いことしてまへんで。」
部長 :「いや、そうじゃないねん。フィリピンから研修に来てる N さん(女性)がな、今、○○署におるねん。引き取ってきて。」
A くん:「はぁ?私に怒られに行けと?」
部長 :「そうや。謝りに行くの得意やろ?」
A くん:「お巡りさん、怒ってるんですか?」
部長 :「うん・・」
A くん:「そうでっかぁ・・もう、担当やめたいっすわ。やってられませんわ!」
部長 :「たのむ!ほんまに、たのむ!」
渋々、 A くんは昼食もとらず、○○署に出かける準備にとりかかりました。まず、 N さんの受入部署に電話して、彼女のパスポートを探すことを依頼したのでした。○○署に、どんよりとした気分で到着すると、直ぐに受付に行って、私「先ほど、○○課の方から電話を頂きました、○○株式会社の A と申します。この度は、誠に申し訳ございません!(深々と一礼)」
警察官:「あーー!ご苦労さん!聞いてますよ。 2 階の○○課に行って下さい。」
どんよりとした暗闇に向かっている階段を、一段一段、踏みしめながら、お詫びモードに心を入れ替えていたのです。
【せーのぉーでっ!】
〇〇課の部屋の前に到着した A くんは、「せーのぉーでっ!」と心の中で呟きながら、ドアをノックし、元気よく、「失礼します!」と入って行ったのです。
警察官:「あー○○株式会社さん、わざわざ来て頂いて恐縮です。ご本人は、奥にいますが、その前に状況の説明をさせて頂きますね。」
A くん:「この度は、誠に申し訳ございません!」
警察官:「いやいや、そんなに緊張なさらずに。本人も悪意があってのことではありませんから。本日、午前○○時頃、社用で移動中の御社社員が運転しておられた車が、交差点付近で、他の車両に接触されました。事故自体は、大した問題ではなく、相手方の前方不注意で、少し擦っただけでしたよ。ただ、運転者から通報があり、警察官が行って現場で簡単な検証
を行いました。その時、業務の関係で同乗しておられた N さんが、外国人であることが認められた為、念のため、パスポート又は外国人登録証の提示を求めましたところ、急いで会社を出てきた為、バッグを忘れたと証言されました。一応、身分の確認が完了するまで、署の方に居て頂く決まりになっておりますので、お電話差し上げた次第です。」
A くん:「この度は、誠に申し訳ございません!パスポートはお持ちいたしました!」
警察官:「あ、どうもどうも、担当に確認させます。このパスポートは、会社で預かってるんですかぁ?」
A くん:「法律上、それは出来ませんから、本人の承諾を得て、コピーを人事で保管しております!」
警察官:「じゃ、パスポートはどうやって見つけたんですかぁ?」
A くん:「N の受入部署に依頼して、彼女の女性の同僚に依頼して探してもらいました。パスポートのコピー、在留資格証明書等は、当社では法律に則り、適切に準備・管理しております!」(言えた!ちゃんと言えた!よかった・・・)
【日本の警察はそんなに甘くはありません!】
警察官:「ところで、記録を確認いたしましたが、以前にも同様のケースがあったようですがぁ、会社としての対応は、どのようにお考えでしょうかねぇ?」
A くん:(きたぁ、ちゃんと説明しなきゃ!)
警察官:「研修生や出張者の皆さんに、ちゃんと説明しておられるはずですよねぇ?」
A くん:「はい!入国してから、会社施設で宿泊させ、出社初日のオリエンテーションで、日本での生活についての法律順守と社内ルールの説明を徹底しております。また、身分証明は常に携帯するよう、厳しく指導しております!今回のような事態になってしまい、誠に申し訳ございません。今一度、入国管理法の遵守を徹底するよう、各部門長と外国人出張者・
研修生に周知致します!」
警察官:「そうですね。宜しくお願いしますね。 N さんには、 あなたの方からも然るべき指導をしておいてください。今日は、これで帰って頂いて結構ですよ。お気をつけてお帰りください。」
A くん:「承知いたしました。帰社いたしましたら、早速、会社に報告して対策を実施いたします。お手数をおかけいたしました。」
N さん「スミマセンデシタ(しょんぼり・・)」
帰りの車中で N さんに、法律を守るように根気強く説明し、受入部門の課長さんへの報告の仕方をレクチャーし、しくしく泣いている N さんを元気づけながら、帰社したのでした。
外国人従業員の招へいは、そんなに甘くはありません。なぜなら、招へいした企業が、管理責任を問われるからです。外国人は、日常的に警察官の職務質問を受ける機会があります。パスポートを携帯していないだけで、拘束され、規則通りに取り扱われるのです。
日本の警察は、世界でも非常に信頼性が高く、真面目に職務を遂行することで国際的にも知られています。一方で、途上国の警察は、腐敗が進んでいると言われており、国民の法遵守の感覚も、日本人とはまったく違います。そういう生活体験をしてきた人達を、海外経験の少ない企業や団体が、管理の仕組みを作らず、安易に招へいしているとしたら、無防備と言わざるを得ませんね。
【外国人の招へいは、国際親善では無い】
最近、テレビ等で「外国人実習生」が受入元の企業や団体から、突然姿を消して、逃亡するという問題が盛んに報道されています。技術の習得等の名目で招へいするのですが、安い労働力の確保という本音も囁かれてい
るようですね。
欧州諸国では、将来の就労人口減少に対する国策として、積極的に移民を受け入れてきました。その歴史は古く、現在では、住民間の軋轢や差別問題、治安の悪化やテロ問題等が取沙汰されています。日本においても、 外国人の実習制度を活用して、労働力を確保している企業団体は増加の一途を辿っていると言われています。それに伴って、受入側の管理ノウハウの脆弱性が指摘されています。
メディアを観ていると、善良そうな町工場の社長さんや農場のご夫婦が、「いい人達だと思って、家族同様に仲よくしていたのに、逃亡しちゃった・・・裏切られた気分です・・・」としょんぼりとインタビューに答える姿が流れていますよね。
外国人を招へいし、実習・業務を管理することは、国際親善とは全く次元の違った話しなのかも知れませんね。
【優先順位が違う!】
企業や団体が外国人実習生を招へいする場合、どういう認識に立つべきなのでしょうか?日本人の労働者と彼らとは、いったい何がちがっているのでしょうか?
彼らは、私たち日本人とは異なった社会で生まれ、生活しています。貧困、様々な差別、未整備な社会保障、役人の搾等、厳しい生活環境があります。更には、自国の政府すら信用できずに暮らしている人達もいるのです。
そういう環境にいる人達は、法律や外国から来た企業のルールを守っていたって、生きていけない可能性もあります。それよりも、生まれ育ったコミュニティーの信頼関係やルール(掟)を守る方が、重要度が高い場合があります。
彼らは、自分と家族の生活を、自分達で必死に守る必要があります。だからこそ、遠い日本まで技能実習にきたり、出稼ぎに来たりして、「現金」を稼ぐ必要があるのでしょう。
彼らにとっては、法律も大事だし、日本の企業や団体での信頼関係も大事ですが、もっと大事なのは、「自分と家族の安全確保・生活の安定」なのでしょう。その為に、 1 円でも高い給料を持って帰ることが、最重要課題だと思っている人の割合が多いと感じます。
【まずは、知ることが大事】
企業は、 どのように外国人労働者と付き合っていけば良いのでしょうか?
労務問題や逃亡等の不幸な結果を招かない為に、どんな管理の仕組みを作って行けばよいのでしょうか?
人事の腕のみせどころですよね。企業や団体では、外国人労働者・実習生に対して、日本語と日本の文化・考え方・法律・
ルール等を学ばせようと、様々な研修が実施されています。
その前に、彼らがどういう社会で生きてきたか?遠い日本くんだりまで、何しにきたのか?・・・使用者側がもっと勉強し、問題の本質を知る必要がありそうですね。
次回は、私の専門分野「海外危機管理」について、考えてみます。
【連載】失敗から学ぶ海外人事(第 23 話 海外駐在員の人選ミス、これほど悲惨なことは無い)
2019.08.19
第 23 話 海外駐在員の人選ミス、これほど悲惨なことは無い
海外進出企業にとって、「誰に行ってもらうか」を検討するのは、とても重要な問題です。でも、意外に「人選」をいい加減にやっている企業が多いことに驚きを隠せません。海外駐在員の人選とは、いったいどうあるべきなのでしょうか?
そもそも、「海外駐在員とは?」というところから、始めないといけないのかも知れません。
海外駐在員の人選とは、いったい何を意味するのでしょうか?まずは、海外駐在員の役割というものを、会社として正確に分かっていなければなりませんね。
【赴任後に、海外駐在員に何が起こるのでしょうか?】
海外事業で、最も悲惨な結果を招く可能性が高い人選は、「機能偏重主義」です。これは、本当に注意が必要です。
たまたま日本で海外事業担当者だったり、単に外国語が堪能だったり、専門スキルが海外の顧客対応に必要だったりして、担当の機能部門から「行ってくれそうな人」を選んで白羽の矢を立てるということが、実際に良くあることなのです。
しかし、赴任地で彼ら駐在員を待ち受けているのは、実務だけではありません。現地で採用した部下達や、現地の顧客の担当者達といった、日本人とは言葉も感覚も違っている人たちが、手ぐすね引いて待っているのです。
実務的なスキルで選ばれて、本人も実務担当者だという勘違いをしたまま赴任すると、とんでもないことになってしまいます。多くの海外駐在経験者の皆さんは、必ず、このことを身を持って体験しています。
彼らが切実に感じたことは、何か?それは、「海外駐在には、マネージメント・スキルが必要不可欠である。」ということに、他なりません。
日本にいる社長始めとする経営陣に成り代わって、赴任地で事業所を経営するという使命を負っているのが、海外駐在員なのです。たとえ、派遣された人が、日本では管理職の経験が無い担当者だとしても、着任するとそこには管理・指導すべき現地従業員が待ち構えている場合が多いのです。
【帰任してから理解できた、先人の言葉】
私は、メキシコ工場に赴任した時には、32歳の生意気な若造でした。駐在中は、工場稼働の大混乱、部下達の労務問題などなど、本当に苦労しました。しかし、起こった現象だけに意識が集中し、原因は全て自分以外の他にあると思い込んで
いました。
赴任前の研修で、有名な松下幸之助氏の「駐在員の心得」を知りましたが、当時、不遜な態度であまり気に留めていませんでした。「メキシコでは酷い目にあったなぁ」と、帰任してからも反省などすることはありませんでした。
ある日、書類を整理していると、赴任前の資料がポロっと出て来ました。私は、一枚の資料に目が釘付けになったのです。
そこには、とても重要なことが書いてありました。
松下幸之助氏 「海外勤務の心得」
一、異国に在ることを認識し、其の国の風俗・風習に早く慣れるとともにそれらを深く理解すること。
二、常に自己の健康に留意し、爽快な心で社員に接すること。
三、品質第一を旨とし、技術の妥協は許されないこと。
四、現地材料の開発を積極的に行ない、日本の依存から脱却すること。
五、日本人社員間は勿論(もちろん)のこと、現地社員との和を常に重んじること。
六、現地社員を育成し、経営全般に参画せしめ、現地社員による経営の時期を早めること。
しばらくの間、その資料を眺めていて、やっと言葉の意味が理解できたのです。駐在中に発生したさまざまな混乱は、実は、私が「どういう考え方で仕事をしていたか?」が、そのまま結果として現れていただけだったのです。
原因は、自分自身の中にありました。「メキシコ工場にいた自分は、海外駐在員としては、まったく不適格な人材だった。」ということに、運良く気がついたのでした。
でも、帰任してから気づいたって、遅いですよね。最近では、海外駐在員を対象とした民間医療機関で、海外駐在員の適正を計測してくれるサービスがあります。赴任前に弱点や、補うべき事柄などが客観的に分かるため、活用している企業が増えてきたそうです。
【経営者を送り込むという認識】
- 海外人事として、海外駐在員の人選をどのように捉えればいいのでしょうか?
- 会社にとって、海外駐在員とはどういう存在なのでしょうか?
- 彼らは、赴任地に何をしに行く人達なのでしょうか?
- 彼らには、どういう素養が必要なのでしょうか?
海外人事は、これらのことを真剣に考察する必要があります。なぜなら、海外駐在員の派遣は、赴任先の現法にとっては「経営に携わる人材」の受け入れに相当するからです。海外駐在員の人選に深く関与することは、海外人事の仕事としては、非常に興味深く、やり甲斐のあることではないでしょうか?
次回は、「海外からの実習生・研修生の招聘」について、考えてみます 。
【連載】失敗から学ぶ海外人事(第 22 話 赴任前の車の処分は、悲喜交々)
2019.08.12
第 22 話 赴任前の車の処分は、悲喜交々
海外赴任前の準備、いろいろ悩み事があるものです。経済的な負担も、結構ありますよね。特に、車!
これには、私も苦労しました。
私は、二回の北米駐在で、何度も車を買ったり・売ったりで、ほんとに大きな出費を強いられました。会社からの貸付金制度はあったものの、結構、家計に響きますよね。海外赴任に伴って、車の売り買いで苦労する人が多いのは事実です。
海外人事時代には、赴任予定者から車の処分についての相談を受けることが何度かありました。
ある日、人事の若手の N くんが海外赴任することに決まりました。
内示が出たその日に、彼は私のところに相談に来たのです。
N:「山本さん、僕、ついこないだ車を買ったばかりなんですよね。」
私:「そら、売らなあかんな。はやく売っちまえ。置いとく分けにはいかんやろ?君がいない間、私が乗っとこうか?事故したら、ごめんね。」
N:「・・・山本さん、冷たいっすね。憧れて、やっと買った車なのに・・・」
私:「売れ売れ!はよ、売れ!あたしゃ、昔、人事に相談したけど、車の面倒なんて見てくれんかったど。はよ売れ!赴任者の気持ちを理解する、良い機会ぢゃ!帰任したら、君がその経験を活かして、赴任者の車の取り扱いに関する制度設計をすればいいのだ!」
N:「山本さんって、わりと根に持つタイプなんですね。もういいです!自分で調べてなんとかしますよ! 」
私:「そうしなさい、そうしなさい!経験に勝る師は、ないのです」N くん、早速、インターネットでいろいろと調べ始めたようでした。
結局、彼が希望する価格では売れず、時間切れでローンを完済できず「あし」が出てしまったのでした。こういう事例は、良くあることです。私の知っている限りでは、海外赴任に伴う車の売却損を補填する制度を設定している企業は、少ないようですね。
【車の売却、いろいろ難儀です】
海外赴任者が、車の売却でいろいろ難儀する原因の一つに、内示から赴任までに、あまり時間が無いことが挙げられます。
企業によって、社内の仕組みが違いますから一概には言えませんが、2 -3ヶ月しか準備期間が無いというのは、良くあることです。
十分に時間があれば、じっくりと車の処分を検討して、買い手を探すことが可能ですが、準備期間が短くなればなるほど、困難が伴います。
一年ぐらい前に内示されていれば、車の処分は楽でしょうが、そんなに前から内示して貰える会社は、ほとんどないでしょう。しかし、あせって売却してしまうと、赴任直前まで車の無い不便な生活となってしまいます。できれば、日本を発つまで、愛車を使いたいですよね。
最近、多くの企業で、海外赴任者向けの車買取サービスや、車保管サービスを提供する業者さんを、赴任予定者に紹介しているようです。
車の査定から引き取りまで、非常にスムースに行ってくれる、便利なサービスです。場合によっては、赴任日に空港まで愛車を乗って行って、空港で引き取ってくれるサービスもあります。
こういうサービスは、赴任前でバタバタしている時には、ほんとに便利ですよね。
【車貧乏】
N くんの事例のように、若い人達は、ローンで車を買う場合があるため、本当に気の毒な結果になることがあります。
「車貧乏」することによって、海外駐在への動機付けが低下してしまう可能性もあるかもしれません。「社命」による海外赴任で、損失が出る場合には、会社は可能な限り補填をすべきですが、「車」については見解が分かれるところです。
しかし、海外人事としては、気分良く赴任して貰いたいという気持ちはあるのです。
私の場合は、二回の海外赴任で、忙しさにかまけて無計画に車を売却・購入を繰り返したので、損失はかなりの額になりました。そういう経験をした駐在員は、沢山いらっしゃると思います。一方で、公平性を担保することが建前となっている人事制度には、「車貧乏」を配慮する制度は、なかなか「設計」しにくいのは事実です。
【なぜ、車貧乏が発生するのか?】
車貧乏に限らず、「家を購入して直ぐ赴任」等、海外赴任でさまざまな生活上の損失が発生するのは、結局、海外赴任がある日突然に内示され、赴任までに期間が短いってことでしょう。
突然に人生設計の変更を強いられる為に、それまでの予定を一旦「0」にしてしまわなければならないのです。「0」にすると、当然、損失が出ますよね。どうして、突然に内示されるのでしょう か?
それは、そもそも海外の人事異動について、しっかりした要員計画が無いからです。
事業計画を元にした要員計画が無い・・・なんて恐ろしいことでしょうか?
海外要員計画は、戦略的でなくてはなりません。それが、無いとしたら・・・海外事業に戦略が無いってことになってしまいますね。
計画の精度が高ければ高いほど、早期に内示できるので、赴任予定者に準備期間を長く与えることが出来ますから、個人の負担を軽減できるでしょう。
「突然にすまんが、海外へ行ってくれ!」というセリフが出てくる会社は、海外人事が機能を全うしていない・・・のかも知れませんね。
次回は、海外事業で最も重要とされる「駐在員の人選」について考えてみましょう。
【連載】失敗から学ぶ海外人事(第 21 話 さぁ帰任だ!住宅退去時のトラブル)
2019.08.05
第 21 話 さぁ帰任だ!住宅退去時のトラブル
企業の海外人事担当の A さんは、駐在員が住宅を退去する際に大家と 契約上の揉め事に遭遇したという話しを聞かせてくれました。ある日、ドイツの駐在員から、電話がかかってきました・・・・。
駐在員:「A さん、 ちょっと相談があるんだけど」
A さん:「うん?なんか、あったんすか?もうすぐ、帰任ですよね。」
駐在員:「揉めてまんねん・・・」
A さん:「だれと?夫婦喧嘩は犬もくわんよ。それに、お貸しするほどのお金もないよ。」
駐在員:「不動産屋と 揉めてるんや」
A さん:「どんな揉め事や?」
駐在員:「俺、揚げ物が大好きなんだよ」
A さん:「揚げ物と 不動産屋が、どんな関係があるんや?なんか、面倒くさそうやな・・」
駐在員:「まぁ、話は最後まで聴いてちょうだい・・」
駐在員の話を聴いているうちに、ほんとに面倒なことになっていることが分かってきたのです・・その駐在員は、揚げ物が大好きなんだそうです。 彼だけではなく、 ご家族全員、揚げ物が大好きなんだそうです。
だから、毎日のように、奥さんは夕食に揚げ物を作っていたそうです。鳥の唐揚げ、天ぷら、魚フライ、コロッケ・・・美味しそうです。その結果、何が起こったかというと、キッチンの壁に油汚れが染み付いてしまっていたのでした。
ドイツの人たちは、物凄い綺麗好きで、退去時にはちゃんと原状復帰しないと揉めると聞いていたので、奥さんは、毎日、一生懸命に油汚れを綺麗に掃除していたのだそうです。
帰任が決まって、退去の為の不動産屋のチェック を受けた結果、キッチンの壁が汚れてい
るという指摘を受けただけでなく、全ての壁を塗りなおせという要求が来たというのです。
【十分に綺麗なんだけどなぁ・・・】
駐在員は、 A さんに証拠としてキッチンや壁の写真を送って来ました。確かに、綺麗に掃除されています。日本の常識で考えると、確かに「ぴかぴか!」です。
でも、 不動産屋の最後通牒は・・・「壁を全部塗りなおせ」 でした。
駐在員:「こっちの連中は、恐るべき綺麗好きや!ついていけまへんわ!とほほ・・・」
このままだと、多額の修繕費を支払う羽目になるし、敷金も返してもらえなくなりそうだと、とうとうギブアップして、 海外人事の A さんに電話をしてきたという次第でした。
【法律が違う!常識がちがう!】
A さん:「結局、私にどうして欲しいの?」
駐在員:「壁を塗り替えなきゃならない。会社負担で、なんとかならんか?という相談や」皆さんが海外人事なら、どういう対応をするのでしょうか?
会社によって、ポリシーが違いますから、いろいろな考え方があるのでしょう。その時の A さんは、会社負担はしないと返事をしました。海外で暮らすということは、常識や判断基準が日本人とはまったく異なる人達の中でサバイバルするということです。
賃貸契約の在り様も、日本と違っているのは「当たり前」のことですし、汚したのは個人の生活上の問題です。しかも、「原状復帰」 は賃貸借契約に詳細に謳われていることですし、契約の主体は駐在員本人でしたから、特に会社負担にする理由は無いと判断したのです。
会社負担は無しということになると、 駐在員の闘争心に火がついてしまい、やる気満々で不動産屋と全面対決姿勢で遣り合いました。 彼は現地の弁護士に相談しましたが、 退去時には壁を借主が自分で塗り替えるのが、ドイツでは常識だと知ったのです。彼は、自分で壁塗りをすることが出来ないので、しぶしぶ専門業者にお金を払って綺麗にしたのでした。
【A さん、ありがとう ! 】
数ヶ月後、 A さんが喫煙所でタバコを吸っていると、例のドイツ駐在員だった彼がいることに気がつきました。
A さん | :「おぉ!お帰りなさい!元気そうで、なによりです。」 |
元駐在員:「おぉ!お久しぶりです!」 |
元駐在員:「俺、いい経験しましたよ。駐在中に、あんなに真剣に交渉したことなかったですよ。嫁さんと 、 あんなに協力しあったこと は、なかったですわ。外国の人と交渉する難しさ も 良く分かりました。 A さんには、お礼を言いたいぐらいですわ。今度、海外へ出る時には、もっと上手くやりますよ。」
A さん:「そうですか。そう言っていただけると、気持ちが少し軽くなりますわ。」
何もしないことが、人材開発に一役買うってこともあるんですね。ひょっとしたら、グローバル人材が不足している会社って、海外人事が面倒見が良すぎるのかも知れません。最近では駐在員の交替は、円滑さが求められるようになってきました。海外での賃貸契約トラブルのリスクを回避する為に、専門の海外不動産サービス業者を活用する企業が増えてきています。
昔のように、駐在員に様々な経験をさせて人材開発するというような、悠長な時代ではなくなったのかもしれませんね。
次回は、海外駐在の「車の処分」について、考えてみます 。
【連載】失敗から学ぶ海外人事(第 20 話 海外赴任、住居探しでのトラブル)
2019.07.29
第 20 話 海外赴任、住居探しでのトラブル
海外で住居を探すって、手間がかかりますよね。歴史の長い海外事業所に赴任する場合には、多くの先輩駐在員がいて、いろいろサポートしてくれますから、安心です。今回は、ある駐在員が経験した「本当にあった、怖い話」を、皆様にお話ししたいと思います。
ある企業の北米駐在員の A さんは、 空港で本社の新規赴任者 B さんの到着を待っていました。 B さんは先輩社員ですが英語はまったく出来ず、 アメリカに住むのも初めてで、不安な面持ちで到着ゲートから出てきました。
A さん:「お疲れ様です。ようこそいらっしゃいました。明日から、早速、住居をさがしましょう。」
B さん「A くん、いろいろ面倒かけるけど、宜しく頼むね。」
【順調な住居選定・・・】
B さんは、「候補」を 2-3 軒準備して欲しいと連絡してきていました。 生活設営を支援する羽目になった A さんは、 現地の顔なじみの不動産屋さんに手配を依頼し、めぼしいところを何軒かピックアップしておきました。到着の翌日から早速、 B さんに同行して、不動産屋さんと物件の下見をしに行きました。
日本と現地の違いを追加説明しながら、通訳するのは結構大変です。とりあえず一軒、 リーズナブルな物件があったので、「ここに決めようかな・・」という雲行きになったとき・・
B さんは、「ここで良いような気がするんだけど、嫁さんの意見も聞いてみないと・・・」と 言うので、不動産屋さんが日本にいる奥様にも物件の詳細な写真をチェックできるように、ホームページにアップしてくれました。
B さんは、日本にいる奥さんにその写真をパソコンで観てもらいながら、電話で意見を聞いたようでした。その時 A さんは、 まだ B さんのご家庭では奥さんが実権を握っていることを、まったく知らなかったのです。そのことを知らない為に、後でとんでもないことが起こったのでした。
【焦りは禁物!上手く行き過ぎるときは注意しよう!】
物件の下見をした翌日、 B さんは言いました。「嫁さんと昨日検討したのだが、外国のことはよく分からないから、そっちで決めちゃって良いよと言ってた。俺、昨日の物件に決めるよ。」よっしゃ!決まったあ!
意外に簡単に決まってよかったな・・・・と、ほっと胸を撫で下ろしながら、不動産屋さんのオフィスに行って、 B さんはめでたく 契約書にサインをしたのでした。
A さんは役目は終わったなと、ほっとしましたが、 なんとなく妙な胸騒ぎがしたそうです。
【奥さんからの NG 出し・・】
一週間ほど経ったある日、とんでもないことが起こったのです。よくよく、間取りや広さをチェックした B さんの奥さんは、心変わりしてしまったのです。B さんと 車で移動中に、携帯電話がけたたましく鳴り出しました。電話をとった彼は、突然・・・
「えーーー、うーーーー、そっかーーー、うーーーん、うーーーん、あーー、そっかーー」苦しそうに、唸りだしました。
電話から は、 日本から 奥さんが大声で文句を言っているのが漏れ聞えていました。
「あのね A くん、 嫁さんが、あの家が気に入らないらしいんだよ。
間取りとか、よくチェックしてみたら狭いから、契約解除してもっと広いとこを探したいって言うのよ。
今からでも、契約解除できる?」
はぁ?あんたら、何言ってんの?
【住居選定で配慮すべきこと】
私は、物件を見繕う時に、「治安が良い地域であること。」を第一条件にしていました。そのほかに、良い学校が近くにあること、買い物の利便性等を念頭に選定したのでした。契約した物件は、とても良い物件でしたし、賃料も妥当だと考えていました。
ところが、契約済んじゃってるのに・・ ・家が狭い?って、どういうこと?
「そっちで決めちゃって」って、いってたじゃん・・でも、どうしても嫌だというから、仕方ありません。
不動産屋さんに、「今から、契約解除できる?」って、訊いてみました。
すると、「オーナーに確認したらね、契約破棄してもいいけど、訴訟するって言ってたよ。今から、弁護士に相談するみたいだよ。言っちゃなんだけど、オーナーさんには契約上の過失は全くないし、契約してすぐに破棄するなんて、俺もあまり経験がないよ。こりゃ、揉めるよー。どうする?」と、軽く言われてしまいました。
訴訟かぁ・・・
(つまり、オーナーさんは、激怒してるってことだな・・・そりゃそうだよな、契約書にサインして、直ぐに「やっぱり、やーめた!他の探す!」なんてことは通用しないよな・・・でも、一度、実際の訴訟ってどんなものなのか、勉強の為に経験しとくってのもありかも・・・いやいや、それは不味いな・・・・)などと、思いながら、オーナーさんが徹底抗戦の構えであることを、 B さんに伝えると、「やっぱしなぁ・・・」と、憂鬱そうに黙り込んでしまいました。
結局、彼は奥さんとの激しいバトルの末、契約満了まで待って、他の物件に引っ越すということで決着しました。新しい家に引っ越すまでの間、折に触れ、彼は奥さんから「家が狭い、気に入らん」という愚痴を聞き続けることになったことは、言うまでもありません。
【住居のゴタゴタは、業務に響きます】
一般的には、住居関連のトラブルは、解決に時間がかかる場合が多いです。それに、揉めると簡単に訴訟になります。そういうゴタゴタに駐在員が巻き込まれるのは、会社にとっても、好ましいことではありませんよね。
A さんが犯した過ちは、早く住居を決めなければという焦りから、ご本人と奥さんと が意見調整する為の、十分な時間を取る配慮を怠ったことでした。また、契約の重要性を十分に本人に説明しなかったことも敗因でした。
海外のビジネスでは、契約の取り扱いは、とてもシビアです。海外でのビジネスに慣れてくると、必ず契約書を自分で確認し、不利な条項が記載されていないかどうかをチェックする習慣が身についてきます。もっと慣れてくると、弁護士に相談
するという知恵も付いてくるのです。
でも、赴任したばかりの初心者駐在員には、契約に関するリスク感覚が、未発達の場合が多いですね。海外人事は、そういった生活上の契約リスクを、赴任先や赴任者本人に丸投げするのではなく、赴任前にレクチャーしておくべきだと思います。
最近では、日本人駐在員向けに不動産サービスを提供している会社があります。家探しから、契約・賃料管理・クレーム処理まで対応してくれるそうです。
多くの日系企業が、海外不動産サービス会社と契約し、生活設営支援の合理化とトラブル回避を図っています。
昔は、前任者が後任者の生活設営支援をするのが、海外駐在員の暗黙のルールになっていました。しかし、引き継ぎ期間中に、バタバタと生活設営をやるので、前任者・ 後任者の双方に大きな負担が掛かっていたことは事実です。
「赴任後、速やかに業務に就く」が、優先される時代になってきたようですね。
次回は、帰任時の「住居退出時のトラブル」について、考えてみます 。