8月2019
【連載】失敗から学ぶ海外人事(第 24 話 外国人の招へい、そんなに甘くはないよ)
2019.08.26
第 24 話 外国人の招へい、そんなに甘くはないよ
最近、外国人実習生の逃亡が話題になっていますね。実習生を家族的な雰囲気で迎え入れたけど、突然、いなくなっちゃった・・・。良くある話です。
私は海外人事時代に、中国やフィリピン等の現地従業員を招へいする、管理担当も兼務していました。ある企業の海外人事担当者、若手の A くん、 そろそろ昼休みかな・・と思っていると、部長さんが暗い表情でやってきました。
部長 :「A くん、 すまんけど○○警察署に行ってきてくれんか」
A くん:「はぁ?わたし、まだ何も悪いことしてまへんで。」
部長 :「いや、そうじゃないねん。フィリピンから研修に来てる N さん(女性)がな、今、○○署におるねん。引き取ってきて。」
A くん:「はぁ?私に怒られに行けと?」
部長 :「そうや。謝りに行くの得意やろ?」
A くん:「お巡りさん、怒ってるんですか?」
部長 :「うん・・」
A くん:「そうでっかぁ・・もう、担当やめたいっすわ。やってられませんわ!」
部長 :「たのむ!ほんまに、たのむ!」
渋々、 A くんは昼食もとらず、○○署に出かける準備にとりかかりました。まず、 N さんの受入部署に電話して、彼女のパスポートを探すことを依頼したのでした。○○署に、どんよりとした気分で到着すると、直ぐに受付に行って、私「先ほど、○○課の方から電話を頂きました、○○株式会社の A と申します。この度は、誠に申し訳ございません!(深々と一礼)」
警察官:「あーー!ご苦労さん!聞いてますよ。 2 階の○○課に行って下さい。」
どんよりとした暗闇に向かっている階段を、一段一段、踏みしめながら、お詫びモードに心を入れ替えていたのです。
【せーのぉーでっ!】
〇〇課の部屋の前に到着した A くんは、「せーのぉーでっ!」と心の中で呟きながら、ドアをノックし、元気よく、「失礼します!」と入って行ったのです。
警察官:「あー○○株式会社さん、わざわざ来て頂いて恐縮です。ご本人は、奥にいますが、その前に状況の説明をさせて頂きますね。」
A くん:「この度は、誠に申し訳ございません!」
警察官:「いやいや、そんなに緊張なさらずに。本人も悪意があってのことではありませんから。本日、午前○○時頃、社用で移動中の御社社員が運転しておられた車が、交差点付近で、他の車両に接触されました。事故自体は、大した問題ではなく、相手方の前方不注意で、少し擦っただけでしたよ。ただ、運転者から通報があり、警察官が行って現場で簡単な検証
を行いました。その時、業務の関係で同乗しておられた N さんが、外国人であることが認められた為、念のため、パスポート又は外国人登録証の提示を求めましたところ、急いで会社を出てきた為、バッグを忘れたと証言されました。一応、身分の確認が完了するまで、署の方に居て頂く決まりになっておりますので、お電話差し上げた次第です。」
A くん:「この度は、誠に申し訳ございません!パスポートはお持ちいたしました!」
警察官:「あ、どうもどうも、担当に確認させます。このパスポートは、会社で預かってるんですかぁ?」
A くん:「法律上、それは出来ませんから、本人の承諾を得て、コピーを人事で保管しております!」
警察官:「じゃ、パスポートはどうやって見つけたんですかぁ?」
A くん:「N の受入部署に依頼して、彼女の女性の同僚に依頼して探してもらいました。パスポートのコピー、在留資格証明書等は、当社では法律に則り、適切に準備・管理しております!」(言えた!ちゃんと言えた!よかった・・・)
【日本の警察はそんなに甘くはありません!】
警察官:「ところで、記録を確認いたしましたが、以前にも同様のケースがあったようですがぁ、会社としての対応は、どのようにお考えでしょうかねぇ?」
A くん:(きたぁ、ちゃんと説明しなきゃ!)
警察官:「研修生や出張者の皆さんに、ちゃんと説明しておられるはずですよねぇ?」
A くん:「はい!入国してから、会社施設で宿泊させ、出社初日のオリエンテーションで、日本での生活についての法律順守と社内ルールの説明を徹底しております。また、身分証明は常に携帯するよう、厳しく指導しております!今回のような事態になってしまい、誠に申し訳ございません。今一度、入国管理法の遵守を徹底するよう、各部門長と外国人出張者・
研修生に周知致します!」
警察官:「そうですね。宜しくお願いしますね。 N さんには、 あなたの方からも然るべき指導をしておいてください。今日は、これで帰って頂いて結構ですよ。お気をつけてお帰りください。」
A くん:「承知いたしました。帰社いたしましたら、早速、会社に報告して対策を実施いたします。お手数をおかけいたしました。」
N さん「スミマセンデシタ(しょんぼり・・)」
帰りの車中で N さんに、法律を守るように根気強く説明し、受入部門の課長さんへの報告の仕方をレクチャーし、しくしく泣いている N さんを元気づけながら、帰社したのでした。
外国人従業員の招へいは、そんなに甘くはありません。なぜなら、招へいした企業が、管理責任を問われるからです。外国人は、日常的に警察官の職務質問を受ける機会があります。パスポートを携帯していないだけで、拘束され、規則通りに取り扱われるのです。
日本の警察は、世界でも非常に信頼性が高く、真面目に職務を遂行することで国際的にも知られています。一方で、途上国の警察は、腐敗が進んでいると言われており、国民の法遵守の感覚も、日本人とはまったく違います。そういう生活体験をしてきた人達を、海外経験の少ない企業や団体が、管理の仕組みを作らず、安易に招へいしているとしたら、無防備と言わざるを得ませんね。
【外国人の招へいは、国際親善では無い】
最近、テレビ等で「外国人実習生」が受入元の企業や団体から、突然姿を消して、逃亡するという問題が盛んに報道されています。技術の習得等の名目で招へいするのですが、安い労働力の確保という本音も囁かれてい
るようですね。
欧州諸国では、将来の就労人口減少に対する国策として、積極的に移民を受け入れてきました。その歴史は古く、現在では、住民間の軋轢や差別問題、治安の悪化やテロ問題等が取沙汰されています。日本においても、 外国人の実習制度を活用して、労働力を確保している企業団体は増加の一途を辿っていると言われています。それに伴って、受入側の管理ノウハウの脆弱性が指摘されています。
メディアを観ていると、善良そうな町工場の社長さんや農場のご夫婦が、「いい人達だと思って、家族同様に仲よくしていたのに、逃亡しちゃった・・・裏切られた気分です・・・」としょんぼりとインタビューに答える姿が流れていますよね。
外国人を招へいし、実習・業務を管理することは、国際親善とは全く次元の違った話しなのかも知れませんね。
【優先順位が違う!】
企業や団体が外国人実習生を招へいする場合、どういう認識に立つべきなのでしょうか?日本人の労働者と彼らとは、いったい何がちがっているのでしょうか?
彼らは、私たち日本人とは異なった社会で生まれ、生活しています。貧困、様々な差別、未整備な社会保障、役人の搾等、厳しい生活環境があります。更には、自国の政府すら信用できずに暮らしている人達もいるのです。
そういう環境にいる人達は、法律や外国から来た企業のルールを守っていたって、生きていけない可能性もあります。それよりも、生まれ育ったコミュニティーの信頼関係やルール(掟)を守る方が、重要度が高い場合があります。
彼らは、自分と家族の生活を、自分達で必死に守る必要があります。だからこそ、遠い日本まで技能実習にきたり、出稼ぎに来たりして、「現金」を稼ぐ必要があるのでしょう。
彼らにとっては、法律も大事だし、日本の企業や団体での信頼関係も大事ですが、もっと大事なのは、「自分と家族の安全確保・生活の安定」なのでしょう。その為に、 1 円でも高い給料を持って帰ることが、最重要課題だと思っている人の割合が多いと感じます。
【まずは、知ることが大事】
企業は、 どのように外国人労働者と付き合っていけば良いのでしょうか?
労務問題や逃亡等の不幸な結果を招かない為に、どんな管理の仕組みを作って行けばよいのでしょうか?
人事の腕のみせどころですよね。企業や団体では、外国人労働者・実習生に対して、日本語と日本の文化・考え方・法律・
ルール等を学ばせようと、様々な研修が実施されています。
その前に、彼らがどういう社会で生きてきたか?遠い日本くんだりまで、何しにきたのか?・・・使用者側がもっと勉強し、問題の本質を知る必要がありそうですね。
次回は、私の専門分野「海外危機管理」について、考えてみます。
【連載】失敗から学ぶ海外人事(第 23 話 海外駐在員の人選ミス、これほど悲惨なことは無い)
2019.08.19
第 23 話 海外駐在員の人選ミス、これほど悲惨なことは無い
海外進出企業にとって、「誰に行ってもらうか」を検討するのは、とても重要な問題です。でも、意外に「人選」をいい加減にやっている企業が多いことに驚きを隠せません。海外駐在員の人選とは、いったいどうあるべきなのでしょうか?
そもそも、「海外駐在員とは?」というところから、始めないといけないのかも知れません。
海外駐在員の人選とは、いったい何を意味するのでしょうか?まずは、海外駐在員の役割というものを、会社として正確に分かっていなければなりませんね。
【赴任後に、海外駐在員に何が起こるのでしょうか?】
海外事業で、最も悲惨な結果を招く可能性が高い人選は、「機能偏重主義」です。これは、本当に注意が必要です。
たまたま日本で海外事業担当者だったり、単に外国語が堪能だったり、専門スキルが海外の顧客対応に必要だったりして、担当の機能部門から「行ってくれそうな人」を選んで白羽の矢を立てるということが、実際に良くあることなのです。
しかし、赴任地で彼ら駐在員を待ち受けているのは、実務だけではありません。現地で採用した部下達や、現地の顧客の担当者達といった、日本人とは言葉も感覚も違っている人たちが、手ぐすね引いて待っているのです。
実務的なスキルで選ばれて、本人も実務担当者だという勘違いをしたまま赴任すると、とんでもないことになってしまいます。多くの海外駐在経験者の皆さんは、必ず、このことを身を持って体験しています。
彼らが切実に感じたことは、何か?それは、「海外駐在には、マネージメント・スキルが必要不可欠である。」ということに、他なりません。
日本にいる社長始めとする経営陣に成り代わって、赴任地で事業所を経営するという使命を負っているのが、海外駐在員なのです。たとえ、派遣された人が、日本では管理職の経験が無い担当者だとしても、着任するとそこには管理・指導すべき現地従業員が待ち構えている場合が多いのです。
【帰任してから理解できた、先人の言葉】
私は、メキシコ工場に赴任した時には、32歳の生意気な若造でした。駐在中は、工場稼働の大混乱、部下達の労務問題などなど、本当に苦労しました。しかし、起こった現象だけに意識が集中し、原因は全て自分以外の他にあると思い込んで
いました。
赴任前の研修で、有名な松下幸之助氏の「駐在員の心得」を知りましたが、当時、不遜な態度であまり気に留めていませんでした。「メキシコでは酷い目にあったなぁ」と、帰任してからも反省などすることはありませんでした。
ある日、書類を整理していると、赴任前の資料がポロっと出て来ました。私は、一枚の資料に目が釘付けになったのです。
そこには、とても重要なことが書いてありました。
松下幸之助氏 「海外勤務の心得」
一、異国に在ることを認識し、其の国の風俗・風習に早く慣れるとともにそれらを深く理解すること。
二、常に自己の健康に留意し、爽快な心で社員に接すること。
三、品質第一を旨とし、技術の妥協は許されないこと。
四、現地材料の開発を積極的に行ない、日本の依存から脱却すること。
五、日本人社員間は勿論(もちろん)のこと、現地社員との和を常に重んじること。
六、現地社員を育成し、経営全般に参画せしめ、現地社員による経営の時期を早めること。
しばらくの間、その資料を眺めていて、やっと言葉の意味が理解できたのです。駐在中に発生したさまざまな混乱は、実は、私が「どういう考え方で仕事をしていたか?」が、そのまま結果として現れていただけだったのです。
原因は、自分自身の中にありました。「メキシコ工場にいた自分は、海外駐在員としては、まったく不適格な人材だった。」ということに、運良く気がついたのでした。
でも、帰任してから気づいたって、遅いですよね。最近では、海外駐在員を対象とした民間医療機関で、海外駐在員の適正を計測してくれるサービスがあります。赴任前に弱点や、補うべき事柄などが客観的に分かるため、活用している企業が増えてきたそうです。
【経営者を送り込むという認識】
- 海外人事として、海外駐在員の人選をどのように捉えればいいのでしょうか?
- 会社にとって、海外駐在員とはどういう存在なのでしょうか?
- 彼らは、赴任地に何をしに行く人達なのでしょうか?
- 彼らには、どういう素養が必要なのでしょうか?
海外人事は、これらのことを真剣に考察する必要があります。なぜなら、海外駐在員の派遣は、赴任先の現法にとっては「経営に携わる人材」の受け入れに相当するからです。海外駐在員の人選に深く関与することは、海外人事の仕事としては、非常に興味深く、やり甲斐のあることではないでしょうか?
次回は、「海外からの実習生・研修生の招聘」について、考えてみます 。
【連載】失敗から学ぶ海外人事(第 22 話 赴任前の車の処分は、悲喜交々)
2019.08.12
第 22 話 赴任前の車の処分は、悲喜交々
海外赴任前の準備、いろいろ悩み事があるものです。経済的な負担も、結構ありますよね。特に、車!
これには、私も苦労しました。
私は、二回の北米駐在で、何度も車を買ったり・売ったりで、ほんとに大きな出費を強いられました。会社からの貸付金制度はあったものの、結構、家計に響きますよね。海外赴任に伴って、車の売り買いで苦労する人が多いのは事実です。
海外人事時代には、赴任予定者から車の処分についての相談を受けることが何度かありました。
ある日、人事の若手の N くんが海外赴任することに決まりました。
内示が出たその日に、彼は私のところに相談に来たのです。
N:「山本さん、僕、ついこないだ車を買ったばかりなんですよね。」
私:「そら、売らなあかんな。はやく売っちまえ。置いとく分けにはいかんやろ?君がいない間、私が乗っとこうか?事故したら、ごめんね。」
N:「・・・山本さん、冷たいっすね。憧れて、やっと買った車なのに・・・」
私:「売れ売れ!はよ、売れ!あたしゃ、昔、人事に相談したけど、車の面倒なんて見てくれんかったど。はよ売れ!赴任者の気持ちを理解する、良い機会ぢゃ!帰任したら、君がその経験を活かして、赴任者の車の取り扱いに関する制度設計をすればいいのだ!」
N:「山本さんって、わりと根に持つタイプなんですね。もういいです!自分で調べてなんとかしますよ! 」
私:「そうしなさい、そうしなさい!経験に勝る師は、ないのです」N くん、早速、インターネットでいろいろと調べ始めたようでした。
結局、彼が希望する価格では売れず、時間切れでローンを完済できず「あし」が出てしまったのでした。こういう事例は、良くあることです。私の知っている限りでは、海外赴任に伴う車の売却損を補填する制度を設定している企業は、少ないようですね。
【車の売却、いろいろ難儀です】
海外赴任者が、車の売却でいろいろ難儀する原因の一つに、内示から赴任までに、あまり時間が無いことが挙げられます。
企業によって、社内の仕組みが違いますから一概には言えませんが、2 -3ヶ月しか準備期間が無いというのは、良くあることです。
十分に時間があれば、じっくりと車の処分を検討して、買い手を探すことが可能ですが、準備期間が短くなればなるほど、困難が伴います。
一年ぐらい前に内示されていれば、車の処分は楽でしょうが、そんなに前から内示して貰える会社は、ほとんどないでしょう。しかし、あせって売却してしまうと、赴任直前まで車の無い不便な生活となってしまいます。できれば、日本を発つまで、愛車を使いたいですよね。
最近、多くの企業で、海外赴任者向けの車買取サービスや、車保管サービスを提供する業者さんを、赴任予定者に紹介しているようです。
車の査定から引き取りまで、非常にスムースに行ってくれる、便利なサービスです。場合によっては、赴任日に空港まで愛車を乗って行って、空港で引き取ってくれるサービスもあります。
こういうサービスは、赴任前でバタバタしている時には、ほんとに便利ですよね。
【車貧乏】
N くんの事例のように、若い人達は、ローンで車を買う場合があるため、本当に気の毒な結果になることがあります。
「車貧乏」することによって、海外駐在への動機付けが低下してしまう可能性もあるかもしれません。「社命」による海外赴任で、損失が出る場合には、会社は可能な限り補填をすべきですが、「車」については見解が分かれるところです。
しかし、海外人事としては、気分良く赴任して貰いたいという気持ちはあるのです。
私の場合は、二回の海外赴任で、忙しさにかまけて無計画に車を売却・購入を繰り返したので、損失はかなりの額になりました。そういう経験をした駐在員は、沢山いらっしゃると思います。一方で、公平性を担保することが建前となっている人事制度には、「車貧乏」を配慮する制度は、なかなか「設計」しにくいのは事実です。
【なぜ、車貧乏が発生するのか?】
車貧乏に限らず、「家を購入して直ぐ赴任」等、海外赴任でさまざまな生活上の損失が発生するのは、結局、海外赴任がある日突然に内示され、赴任までに期間が短いってことでしょう。
突然に人生設計の変更を強いられる為に、それまでの予定を一旦「0」にしてしまわなければならないのです。「0」にすると、当然、損失が出ますよね。どうして、突然に内示されるのでしょう か?
それは、そもそも海外の人事異動について、しっかりした要員計画が無いからです。
事業計画を元にした要員計画が無い・・・なんて恐ろしいことでしょうか?
海外要員計画は、戦略的でなくてはなりません。それが、無いとしたら・・・海外事業に戦略が無いってことになってしまいますね。
計画の精度が高ければ高いほど、早期に内示できるので、赴任予定者に準備期間を長く与えることが出来ますから、個人の負担を軽減できるでしょう。
「突然にすまんが、海外へ行ってくれ!」というセリフが出てくる会社は、海外人事が機能を全うしていない・・・のかも知れませんね。
次回は、海外事業で最も重要とされる「駐在員の人選」について考えてみましょう。
【連載】失敗から学ぶ海外人事(第 21 話 さぁ帰任だ!住宅退去時のトラブル)
2019.08.05
第 21 話 さぁ帰任だ!住宅退去時のトラブル
企業の海外人事担当の A さんは、駐在員が住宅を退去する際に大家と 契約上の揉め事に遭遇したという話しを聞かせてくれました。ある日、ドイツの駐在員から、電話がかかってきました・・・・。
駐在員:「A さん、 ちょっと相談があるんだけど」
A さん:「うん?なんか、あったんすか?もうすぐ、帰任ですよね。」
駐在員:「揉めてまんねん・・・」
A さん:「だれと?夫婦喧嘩は犬もくわんよ。それに、お貸しするほどのお金もないよ。」
駐在員:「不動産屋と 揉めてるんや」
A さん:「どんな揉め事や?」
駐在員:「俺、揚げ物が大好きなんだよ」
A さん:「揚げ物と 不動産屋が、どんな関係があるんや?なんか、面倒くさそうやな・・」
駐在員:「まぁ、話は最後まで聴いてちょうだい・・」
駐在員の話を聴いているうちに、ほんとに面倒なことになっていることが分かってきたのです・・その駐在員は、揚げ物が大好きなんだそうです。 彼だけではなく、 ご家族全員、揚げ物が大好きなんだそうです。
だから、毎日のように、奥さんは夕食に揚げ物を作っていたそうです。鳥の唐揚げ、天ぷら、魚フライ、コロッケ・・・美味しそうです。その結果、何が起こったかというと、キッチンの壁に油汚れが染み付いてしまっていたのでした。
ドイツの人たちは、物凄い綺麗好きで、退去時にはちゃんと原状復帰しないと揉めると聞いていたので、奥さんは、毎日、一生懸命に油汚れを綺麗に掃除していたのだそうです。
帰任が決まって、退去の為の不動産屋のチェック を受けた結果、キッチンの壁が汚れてい
るという指摘を受けただけでなく、全ての壁を塗りなおせという要求が来たというのです。
【十分に綺麗なんだけどなぁ・・・】
駐在員は、 A さんに証拠としてキッチンや壁の写真を送って来ました。確かに、綺麗に掃除されています。日本の常識で考えると、確かに「ぴかぴか!」です。
でも、 不動産屋の最後通牒は・・・「壁を全部塗りなおせ」 でした。
駐在員:「こっちの連中は、恐るべき綺麗好きや!ついていけまへんわ!とほほ・・・」
このままだと、多額の修繕費を支払う羽目になるし、敷金も返してもらえなくなりそうだと、とうとうギブアップして、 海外人事の A さんに電話をしてきたという次第でした。
【法律が違う!常識がちがう!】
A さん:「結局、私にどうして欲しいの?」
駐在員:「壁を塗り替えなきゃならない。会社負担で、なんとかならんか?という相談や」皆さんが海外人事なら、どういう対応をするのでしょうか?
会社によって、ポリシーが違いますから、いろいろな考え方があるのでしょう。その時の A さんは、会社負担はしないと返事をしました。海外で暮らすということは、常識や判断基準が日本人とはまったく異なる人達の中でサバイバルするということです。
賃貸契約の在り様も、日本と違っているのは「当たり前」のことですし、汚したのは個人の生活上の問題です。しかも、「原状復帰」 は賃貸借契約に詳細に謳われていることですし、契約の主体は駐在員本人でしたから、特に会社負担にする理由は無いと判断したのです。
会社負担は無しということになると、 駐在員の闘争心に火がついてしまい、やる気満々で不動産屋と全面対決姿勢で遣り合いました。 彼は現地の弁護士に相談しましたが、 退去時には壁を借主が自分で塗り替えるのが、ドイツでは常識だと知ったのです。彼は、自分で壁塗りをすることが出来ないので、しぶしぶ専門業者にお金を払って綺麗にしたのでした。
【A さん、ありがとう ! 】
数ヶ月後、 A さんが喫煙所でタバコを吸っていると、例のドイツ駐在員だった彼がいることに気がつきました。
A さん | :「おぉ!お帰りなさい!元気そうで、なによりです。」 |
元駐在員:「おぉ!お久しぶりです!」 |
元駐在員:「俺、いい経験しましたよ。駐在中に、あんなに真剣に交渉したことなかったですよ。嫁さんと 、 あんなに協力しあったこと は、なかったですわ。外国の人と交渉する難しさ も 良く分かりました。 A さんには、お礼を言いたいぐらいですわ。今度、海外へ出る時には、もっと上手くやりますよ。」
A さん:「そうですか。そう言っていただけると、気持ちが少し軽くなりますわ。」
何もしないことが、人材開発に一役買うってこともあるんですね。ひょっとしたら、グローバル人材が不足している会社って、海外人事が面倒見が良すぎるのかも知れません。最近では駐在員の交替は、円滑さが求められるようになってきました。海外での賃貸契約トラブルのリスクを回避する為に、専門の海外不動産サービス業者を活用する企業が増えてきています。
昔のように、駐在員に様々な経験をさせて人材開発するというような、悠長な時代ではなくなったのかもしれませんね。
次回は、海外駐在の「車の処分」について、考えてみます 。