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海外で生活する前に知っておきたかったコト!Overseas Tips

海外人事支援

【連載】失敗から学ぶ海外人事(第 13 話 奥様は外国人、駐在員の一時帰国は難しい)

2019.06.14

 

 

13 話 奥様は外国人、駐在員の一時帰国は難しい

 

 

 国際結婚があまり珍しいことではなくなったのが、随分と昔のことのように感じる、今日この頃です。私の海外人事時代にも、駐在員の奥様が外国の方というパターンが、何組かいらっしゃいましたね。

 

 以前、海外人事セミナーで知り合った、ある会社の海外人事担当者との会話を思い出しました。 彼の担当する北米駐在員の奥様が、オーストラリア人で、学生時代に知り合って結婚されたそうです。小さい子供さんもいて、楽しく駐在生活を送っていたそうですが、一時帰国の権利が発生する年に事件が起こりました。

 

 

 その駐在員からの質問は、「日本もオーストラリアも、一時帰国の対象になるのか?」ということだったそうです。「残念ながら、駐在員本人の母国(日本)への一時帰国を対象としている。」と、あまり深く考えずに回答したんだそうです。

 

 

 この回答が、円満だった駐在員の家庭に、不穏な空気を巻き起こしてしまいました。

 

 

「一時帰国は、日本しか対象としてないんだってさ。」彼は、オーストラリア人の奥様に、海外人事からの回答を伝えたところ・・・・。

 

 

 

「はぁあああ?どういうこっちゃ?○△××♯♭◎××◎○!!!!(翻訳不能)」奥様が激怒してしまいました。
奥様としては、最初、日本に「行って」ご主人の両親に孫の顔を見せて、後にオーストラリアへ「帰って」自分の両親に会う・・・というパターンを心に描いて、楽しみにしていたらしいのです。彼女は、「一時帰国」という制度は、てっきり全てが会社負担だと思い込んでいたのです。

 

 

 その会社が、どういう取扱で対応したかまでは、話してくれませんでしたが、機会があれば訊いてみたいですね。駐在員の家庭不和は、海外事業の危機に発展するかも知れません。
とても、難しい問題ですね。

(*会社によっては、既に外国人の帯同配偶者を想定して規程に織り込んでところもあるようです。)

 

 

【私だったら、どういう対応をするかなぁ・・・】

 

 

① 奥様の願いには一切関知せず、規程通りの対応をする。
② 赴任国→日本→オーストラリア→赴任国、すべて会社負担にする。
③ 赴任国→日本とオーストラリア→日本は会社負担、日本→オーストラリアは本人負担にする。
もっと他にも、選択肢があるでしょうね。でも、それぞれに理屈を考えるのが面倒ですよね
 。

 

 

 そもそも、 最初に奥様を激怒させてしまったので、後から何を言っても、全て会社負担の対応以外は、気分よく納得して貰えそうにないですよね。最初に、きっちり考えて丁寧に回答すべきでした。

 

 

あなたが海外人事担当者なら、どういう理屈で、どういう取扱をするでしょうか?

 

 

【個別の取扱は、とても難しいのです】

 

 

あなたの対応を、熱い眼差しで見守る人達が沢山います。
駐在員本人、激怒している奥様、周辺にいる上司と同僚の駐在員(応援団)、激怒してる奥様の周辺にいて結果を見守る奥様ネットワーク(応援団。きっと、他社の奥様方もいますよ。 )、噂を聞き付けて興味深く見守る国際結婚している他国の駐在員達などなど・・・・、グローバルに広がっています。

 

 

 理屈が通って、会社の経費負担を最低限に抑え、駐在員・帯同配偶者にとっても、また他の駐在員達にとっても納得性の高い対応を、考えてみてください。公平性の担保も、忘れてはいけません。
因みに、こういう案件には、正解はありません。会社として、海外事業や関係する人達を、どう考えているのかが、この類の対応に表現されるということです。

 

 

 規程通り(型どおり)に対応する会社もありますし、丁寧に取扱を検討し説明する会社もありますし、現法責任者の裁量に任せるという会社もあるでしょう。

 

 

【規程の想定が、崩壊しつつある】

 

 そもそも、従来の海外駐在員取扱規程は、帯同配偶者は日本人を想定していますよね。ですから、一時帰国の取扱に関しては、めったに問題は起こりませんでした。

 

 

 しかし、最近は、国際結婚されている従業員が散見されるようになり、規程の想定に当てはまらないご夫婦が、海外赴任するようになってきました。私の経験では、独身の駐在員が東南アジアや中国の赴任先で、現地の女性と恋に落ちて、結婚するパターンが幾つかありました。恋とは、やっかいなものです。


日本への一時帰国や帰任する際の、奥様の在留資格取得など、いろいろ勉強することが多かったですね。

 

 

【特殊事例が、特殊じゃなくなる時代がくる?もう、来た?】

 

 

 今回は、帯同配偶者が外国人というお話でしたが、最近では、従業員がそもそも外国人で、その人を海外駐在させるというパターンも、良く聞くようになりました。今までは、そういった事例は少数派でしたが、だんだん増えてくるでしょう。

 

 

 日本人の社員が、日本人の帯同配偶者と子女を伴って海外赴任するという想定は、今のところ、まだ機能しているようです。しかし、規程外の事例が増加していることに、ちゃんと「耳を澄まして」変化の予兆を感じ取ることが、重要なのかもしれません。

 

あなたの会社の事務所や作業場で、やたらと外国人の従業員が目に付きませんか?
変化は、間違いなく、すぐそこまで来ているようです。
ドアをノックする音が、聞こえています。

 

次回は、海外での生活で重要な、「健康管理」について考えてみましょう。

 

 

 

 

 

 

【連載】失敗から学ぶ海外人事(第 12 話 えっ?バイク持って帰りたいって?取扱規程外の願い事)

2019.05.27

12 話 えっ?バイク持って帰りたいって?取扱規程外の願い事

 

 

 海外人事を担当していると、駐在員からのいろいろな問い合わせや「お願い事」に対応することがあります。

 

 

ある会社の海外人事課長の A さん、ぶつぶつ愚痴をいっています・・・・
A:「こないだね、電話かかってきたんですよ。若い駐在員からね・・ ・」
私:「ほー。直接、人事に電話かけてくるんですか?」

A:「そうなんですよ。うちは、駐在員の相談にはオープンに耳を傾ける方針なんですよ。」
私:「それで、なんて言ってきたんですか?」
A:「アメリカで、バイクを買ったって言うんですよ。学生時代から、そのバイクに乗るのが夢だったらしく、貯金をはたいて買ったらしいんですよ。」
私:「ほぉー、若いって、いいっすねぇ。」
A:「ぜんぜん良くないっすよ!帰任するんで、バイクを日本に送りたいんだけど引越貨物として認めてくれっていうんですよ!」
私:「へー、そうなんですね。ところで、それは認められないんですか?」
A:「当たり前ですよ!海外駐在員の取扱規程では、ありえないですよ!」
私:「じゃ、駄目だ!!って、言えばいいじゃないですか。」
A:「それがねぇ、彼にはかなり無理を言ってアメリカに行ってもらったから・・・。」
私:「それとこれとは、話は別なんじゃないですか?」
A:「そうなんですけどねぇ・・・・。無碍に断るのも、なんだかねぇ・・」
私:「御社は、意外と駐在員に優しいんですね。」
A:「大手さんのことは分かりませんが、うちぐらいの規模だと、みんな顔を知った人達 だからねぇ・・・。いろいろ、近所づきあいが面倒なんですわ(笑)」

 

 

 

良くある話ですね。海外人事も、いろんなことに気を使うのですね・・・
あなたの会社の海外人事なら、どんな対応をするのでしょうか?

 

 

 

 日本の会社の「海外駐在員取扱」は、どこも概ね同じような建て付けになっています。
特に、海外引越の規程は、「常識的な範囲」とか「通常、考えられる範囲」等の文言で、荷物として認められる物品の範囲を規定している場合が多いようです。多くの企業で、ピアノや自動車等を、会社補助の引越荷物とは認めていません。

 

 

 

 私が海外人事を担当していた時には、前述のバイクのような事例は、検討するまでもなく、問答無用で「NG」にしていたと思いますね。その人のことを特別扱いして、趣味のバイクの輸送に会社がお金を出すべき、必要十分な理由が見当たりません。

 

 

そうは言っても、人事屋さんも人間ですから、理屈を並べ立てて杓子定規に却下するのは、あまり気持ちの良いことではありませんよね。出来ることなら、「お願い事」など来ない方が、気が楽なんです。

 

 

【規程が想定しているのは?】

 

 

 海外引越は、赴任費用の中で最も高額です。その為、多くの企業で、 「海外での一般的・常識的な日常生活」を想定し、荷物の範囲と容積・重量を制限しています。

 

 

 しかし、この「常識」というのが曲者です。「常識」の「解釈」は、人によってちがっているからです。最近は、赴任者から海外人事への「海外引越のお願い事」が、多く寄せられるようになったようです。「解釈」を論じ合うことほど、面倒なことはありませんよね。

 

 

 私も、海外人事時代には、いろいろな「お願い事」対応をしていました。この「お願い事現象」については、人々の価値観や生活スタイルの多様化が進んだことから、規程が想定している「常識」 では、カバー出来なくなってきたと分析する向きもあります。

 

 

でも、本当にそうなのでしょうか?

 

 

従来の海外駐在員規程が想定していたのは、「海外での一般的・常識的な日常生活」ではなく、「わざわざ言わなくても、常識的な判断ができて、会社に無茶を言うようなことはないだろう」という、駐在員に「期待する人物像」だったのかも知れません。

 

 

【本当に変わったのは、何なのか?】

 

 

海外駐在が珍しかった時代、企業には人柄や素養を考慮して、駐在員を選抜する余裕があったように思います。

しかし、多くの企業が海外事業を急拡大するに従って、人材不足が問題視されるようになってきました。人材確保の為、「全員が海外駐在候補」という時代になってきましたよね。

 

 

 その結果、嘗ての私のような、人生設計で海外駐在など想定してないような社員にも、白羽の矢を立てざるを得ない状況があるのでしょう。
企業が「期待」してきた駐在員の人物像とは、少し違う考え方をする人達が、海外に出て行
くようになったのです。

 

 

 

本当に変わったのは、人々の価値観でなくて、「ビジネス環境」なのかもしれませんね。

 

 

「バイクの輸送」等の事例が散見されるのは、従来の海外駐在員規程が、ビジネス環境の変化に追随できなくなってきたという「囁き」なのでしょうか。

昔と違って、日本企業を取り巻く環境は、どのように変わったのでしょうか?そして、これからどうなって行くのでしょうか?

海外人事としては、駐在員からの「お願い事」を面倒がらず、「変化の予兆」として洞察することが重要だと思います。

 

 

海外人事としては、駐在員からの「お願い事」を面倒がらず、「変化の予兆」として洞察することが重要だと思います。

 

 

次回は、海外駐在員の処遇の目玉の一つ、「一時帰国の取扱」について考えて見ます。

 

 

 

【連載】失敗から学ぶ海外人事(第 11 話 海外引越、業者選定の要諦)

2019.05.20

11 話 海外引越、業者選定の要諦

 海外人事担当者の A さん、来期の予算を策定しながら、ため息をついています。
「対前年比の-
10%ってかぁ・・・給料減らすか?いやいや、そりゃできないな・・」

 

 海外人事担当者の A さん、来期の予算を策定しながら、ため息をついています。
「対前年比の-
10%ってかぁ・・・給料減らすか?いやいや、そりゃできないな・・」

 

 A さんも、上司から強いプッシュがありました。
「もう国内だからぁ~、海外だからぁ~、なんて言ってられるような世の中じゃないんだ!
海外の連中にも痛み分けしてもらわんとな。高止まりしてる経費洗い出して、見直しをかけるんだ!って、社長に言われちゃった。だから、たのんだよ。」

「そうは言ってもなぁ~。みんな、怒り出すだろうなぁ~・・・」


 A さん、プレッシャーで最近は食事も喉を通らなくなってきました。
人事屋さんなら、一度は経験する「コストダウン圧力」ですよね。私も、随分悩んだ覚えが
あります。

 

海外人事の場合、どこの会社もそうですが、給与以外の経費でなんとか辻褄を合わそうと
するのです。労務管理上のリスクは、避けたいのです。

 

私の場合は、「猫の首に鈴をつける」度胸のない小心者で、保身に走りました。 数ある経費の中で、一番目立つところで、 やり易いのは・・・


そうです!海外引越の経費です!
そうだ!いいこと思いついた!海外引越業者の見直しで、コストダウンだ!

 

でも、ほんとにそれでいいのでしょうか?

 

海外引越業者の見直し、なかなか奥の深いテーマですよね。私も、コストダウン圧力には苦労しました。でも、全社的に利益改善に取組んでいる最中、海外人事も着手せざるを得ませんよね。悩ましいところです。

 

私は、経費のコストダウンを考えるときには、必ず踏むステップがあると思っています。
それは、「そもそも、なぜその経費を使っているのか?」ということの理解です。

 

それが分かってないと、価格だけで安直に発注先を変更するのは危険です。

 

【何かを変えたら、必ず副作用が起こる】

 

企業経営において、深刻な不具合が起こる仕組みには、決まったパターンがあります。


会社で仕事をする中で、私たちは様々な不具合に遭遇します。当然、再発を防止するためには、原因を知って対策を講じなければなりません。不具合の原因を分析していると、「設計の変更」「プロセスの変更」「設備の変更」「メソッドの変更」「担当者の変更」等、いくつかの定番があること に気が付きます。何かが変わった時に、不具合が発生し易いのです。

 

その定番の中に、「仕入先の変更」というのがあります。海外引越業者の見直しは、まさにこのパターンなのです。

海外引越業者さんを、価格だけをベンチマークして決定したら、どんな「副作用」が想定されるのでしょうか?

 

【海外引越の困難は、赴任地側にある】

 私は、海外引越を二回経験しました。海外人事では、海外引越業者さんの選定をやった経緯があります。経験上ですが、赴任時の国内での荷物の梱包・引取り作業と、帰任時の国内居住先への配送については、どの海外引越業者さんのサービスも、あまり差異を感じませんでした。

 

 つまり、日本国内でのサービスには優劣を見つけ難いのです。その為、海外引越の事情を良く知らないと、価格の差に注目してしまい勝ちです。

 

実は、赴任者と奥様方は、赴任地での配送プロセスで不満を 持つことが多いのです。

 

【赴任地で起こる様々な出来事】

 私の海外人事時代の経験では、「赴任地での配達で日本人の立会いが無く、言葉が通じなくて困った」というのがありましたね。 奥様が留守番して荷物を待ち受けていると、屈強な現地作業員がドヤドヤと 搬入して、心細い思いをした・・・っていうことなんでしょう。海外の生活に不慣れな奥さんにとっては、大事件だったかもしれません。

 

 その他では、「現地で配達日・時間等の連絡が行き違って困った」、「連絡貰った時間に、一向に来る気配がなく、遅れるという連絡も来なかった」、「知人から頂いた大切なグラスが割れていた」、「通関トラブルで配達が遅れた」等があったと記憶しています。

 

その他では、「現地で配達日・時間等の連絡が行き違って困った」、「連絡貰った時間に、一向に来る気配がなく、遅れるという連絡も来なかった」、「知人から頂いた大切なグラスが割れていた」、「通関トラブルで配達が遅れた」等があったと記憶しています。

 

ペットの問題は、非常にシリアスです。笑い事ではありません。

私自身が経験したのは、二度目の海外駐在で、荷物の一部がどういうわけか配達されず、業者からは1ヵ月近く連絡が来なかったことがありました。のんびり屋の私も、さすがに変だなと思って担当者に問い合わせたら、ずっと倉庫に放置されていたことが判明。

 

赴任直後の不安な時期、激怒して業者さんへクレームする人、海外人事に電話で愚痴をこぼす人、ぽっきりと心折れちゃう人、反応は様々 ありましたが、心理的なインパクトが強く、何年経っても覚えている人が多いですね。

 

【ここで今一度、よ~く考えてみましょう】

 価格の妥当性は、とても重要な検討項目です。それと同時に、もう一つとても重要な視点があると思っています。

海外人事は、赴任者と帯同家族を安全に赴任地へ送り込み、円滑に現地の業務に就いてもらうという、重要な役割を担っています。
海外引越業者さんは、取引業者である一方で、海外人事機能の一部分を担ってもらう重要なパートナーという側面があることは誰にも否定できません
 。

 

 値引きを一方的に要請し、不具合があったら声高にクレームし、他に安価なサービスがあったら直ぐに転注して、「それでは、さようなら・・・」。

 そんなことを繰り返してきた企業が、品質問題で販売不振に陥ったり、不祥事が露見して苦境に立たされたりする様を、私たちは新聞やテレビで容易に知ることができます。

激しい競争の中で力強く生き残っている企業は、仕入先企業と協力しながら品質を向上させ、「安いもの」より「本当に良いもの」を買うことに拘っていることは、良く知られています。
海外人事は、引越業者さんから「物を運ぶサービス」ではなく 、「海外赴任への安心感」を買っているのかも知れませんね
 。

 

次回は、海外人事担当者の頭痛の種、「海外引越、規程外の要望」について考えて見ます。

 

 

 

 

 

 

【連載】 失敗から学ぶ海外人事(第10 話 出鼻をくじく、海外引越トラブル)

2019.05.13

10 話 出鼻をくじく、海外引越トラブル

ある会社の海外人事担当者さん、赴任したばかりの A さんから国際電話です。
「あのねー、荷物がまだ届かないんですよー。本日配達の予定なんだけどねー」

 

ありがちなクレームです。

 

 周りは外国人ばかり、オフィスでは慣れない言葉でお仕事、あっちを向いてもこっちを向いても分からないことばかり。でも A さんは、なんとか任期を全うしようと、自分にはっぱをかけつつ、故郷を離れて来たのです。

 

 周りは外国人ばかり、オフィスでは慣れない言葉でお仕事、あっちを向いてもこっちを向いても分からないことばかり。でも A さんは、なんとか任期を全うしようと、自分にはっぱをかけつつ、故郷を離れて来たのです。

 

今日は、海外引越についてのお話です。

 

 そもそも、荷物の届け先は、日本を遠く離れた外国です。予定通りに荷物が着くなんて、奇跡です。ゴルフだって、あんなに広いコースの遥か向こうの小さい穴に、数回で入れるなんて奇跡ですよね。

 

でも、海外引越会社の皆さんは、日夜努力しておられます。それでもやっぱり荷物を予定通り無事に届けるのは、困難が伴うのです。

 

 荷物を引き取ってから、船にのせて、気象条件を乗り越えて、遠い港につけて、陸に揚げて、通関して現地のトラックにのせて、赴任地のあなたのお住まいまでたどり着き、「ぴんぽーーーん」とベルがなるのです。

 

 海外引越は、引越会社の皆さんの努力で、概ね無傷で予定通りに到着します。でも、海外引越は国内の宅配便とは事情が違います。たまには、想定外のトラブルもあります。

 

 国内引越との大きな違いは、海外引越のトラブルは、挽回に時間と労力がかかるということです。現地の生活や仕事に不慣れな、着任したばかり の駐在員にとっては、引越のトラブルによる心理的なダメージは思ったより大きいのです。

 

海外人事は、赴任者の引越には細心の注意を払うべきだと思いますね。海外引越は、単に荷物を運んでいるのではなく、「駐在員と家族の生活」を運んでいるのです。

 

【海外引越って、かなりのストレスです!】

 

 

 海外引越の在り様は、企業によって海外赴任者の取扱規程が違っていますし、利用する海外引越会社も違いますので、一概には言えません。しかし、共通していることが一つだけあります。それは、海外引越は「大きなストレス」だということです 。

 

 

 現地での仕事や生活に不安を抱えながら、引越の準備をしていくのは大変な作業です。独身者や単身赴任者の場合は、比較的作業量は少ないかもしれません。家族帯同で赴任する人は、大変です。

 

 

 その為、海外引越会社では、長年の経験と厳しい競争の中で、サービス向上に努めてこられました。今では、私が海外赴任していた頃と比べて、かなりサービスは向上したと思います。

 

【奥様、大活躍!】

 

 一般的には、メインの船便の段取りは奥様が取り仕切る羽目になってしまいます。なぜなら、帯同家族はご主人の赴任の数ヵ月後になるからです。ご主人は赴任先での仕事のことで頭がいっぱいですよね。私も、そうでした。

「あと、よろしく!」

と言って、出て行っちゃうご主人が多いようですね。これについても、私も、そうでした。

 

 

 梱包作業の基本はフルサービス(引越会社が全て梱包)ですが、航空便・船便・実家送り・トランクルーム送りを予め決めておかなければなりません。

 

忘れ物すると大変ですから、奥様はとても気を使いながら仕分け作業をするのです。子女帯同する場合は、子供達の荷物もきっちりと準備しておかなければなりませんよね。

 

 

奥様の多くが、衣類は自分で梱包したいと希望されます。衣類といっても、けっこうしんどい作業です。

 

 

【家の中が、空っぽ・・・・】

 

 

 住み慣れた家を離れるときが来ました。奥様は、がらんと空っぽになった部屋にしばし佇み、引越業者さんと最後の積荷の確認を済ませたら、いよいよ出発です・・・

 

 

 あれ?ガス、水道、電話、インターネット、新聞、ケーブルテレビ・・・いろんな契約はちゃんと解約出来たでしょうか?

 

 

 奥様方の悲鳴が聞こえてきそうです 。

でも、休んでいる暇はありません、いよいよホテルに行って、明日の朝には飛行機に乗らなければなりません。

 

 

「あ~、つかれちゃった・・・」

 

 

これは、私が妻を空港に出迎えに行った時に聞いた、最初のセリフでした。

 

 

【飛行機の中は、天国・・・】

 

 

妻曰く、

「飛行機に乗ったら、天国に来たみたいだったわ。何もしなくていいし、何も考えなくていいし、良く眠れた~」

後年、海外人事に配属された私は、多くの帯同配偶者の皆様が同じような経験をされていると知って、頭の下がる思いをしました。

 

 

海外事業は、奥様方のサポートあってのことだな・・・と痛感した次第です。

 

 

【海外引越の業者選定は、価格で決めるか?】

 

 

 これは、とても悩ましい問題です。

従来は、海外引越業者の選定は、人事が行なっている企業が多かったですよね。人事が業者選定する場合には、必ず人事の視点が入っています。

 

海外人事担当者が業者を選定する場合、価格だけでは決めないという場合が多いのです。利便性、国内でのサービスと現地でのサービスの在り様、営業担当者の人柄など、総合的に判断しています。

 

価格だけではなく、赴任者が円滑に着任し、業務に気分良く専念できるかどうか、という視点があるのです。

 

でも、長引く不況で、購買の視点で選定する会社が増えてきたようです。当然、価格の評価が優先される、「コストダウン」の視点が重要視されるようになってきました。

 

海外赴任の様々なサポート体制を構築する際、人事の赴任者への配慮の視点で設計するのか、購買の「コストダウン」の視点で設計するのか・・・、

 

海外人事は、今一度、「海外赴任サポートの目的とは?」という原点に立ち返って、見つめなおすことが必要かもしれません。

目的認識の在り様によって、サポート体制の在り様も変容し、結果も変化します。

 

 

【病は知らぬうちに体を蝕んでいる】

 

 

「コスト重視型の赴任サポート」は、利益を追求する企業としては、効果が定量的に確認できるので、経営者の理解を得易いのです。海外人事は、改善効果を数値で表現することが可能で、社内で評価され易いのかも知れません。

 

一方で、「人事の配慮型の赴任サポート」は、その効果が赴任者や帯同家族の心で計られるものですから、定量的な良し悪しの確認が困難です。

 

駐在員や帯同家族に評判が良いサポートを提供したからといって、売上増加に寄与したかどうかを確認できることもなく、コストダウンにつながらない場合もあります。

 

利益計画に責任を負っている経営者にとっては、 効果が見えにくく、あまり考えたくない領域です。今の世の中、この領域を社内で主張するのは、とても勇気が必要なのかもしれません。

 

しかし、日本を遠く離れて、姿を見ることの出来ない場所に派遣する駐在員が、会社の対応に不信感を抱くことほど、恐ろしいことはありませんよね。

 

 

少々話が変わりますが、心で計られる評価を軽視すると、じんわりと何年も経過してから事業に悪い影響を与えて行く場合があります。

 

しかも、その影響は、経営者が認識できないまま放置され、ある日突然、大きな事件の発生によって顕在化するのです。昨今の企業不祥事の報道で、私たちは実例を観察することができます。

 

 

 

 問題が起こった後、必死で近因(一次要因)の対策に奔走するのですが、遠因(背景にある真の要因)は見過ごされ、また同じ間違いを繰り返すのです。真の要因は、実は経営者と社員の心の中にあるのかもしれず、それは目視できません。

 

 

あなたの会社には、この「沈黙の暗殺者」が既に潜んではいませんか?

 

 

次回は、「引越業者選定のポイント」について、考えてみたいと思います。

 

【連載】失敗から学ぶ海外人事(第9話 初代駐在員の学校探しは珍道中)

2019.05.07

9 話 初代駐在員の学校探しは珍道中

帯同子女の学校探し。親としては、ほんとに頭の痛い問題です。日本人学校がある地域では、比較的安心して赴任することができます。でも、現地校しかなかったり、インターナショナルスクールしか方法がなかったり・・・「お父さん、独りで行ってくれるかな?」

そういう選択も、場合によっては「あり」かもしれません。でも、たまにしかお父さんに会えないと、子供は寂しがるかも知れれませんね。いずれにせよ、家族全員の人生設計が大きな岐路に立たされるのが、海外赴任なのです。私は、会社のメキシコ工場立上げの初代駐在員として、子供達の学校探しをしました。

その珍道中を、今回のお話し致します。
赴任地には、日本人は非常に少ない地域だったので、日本人学校などありませんでした。「学校かぁ~。それって、 どこにあるんかな?」赴任直後、学校探しが、私の取組むべき重要課題でした。
(赴任地はメキシコー米国の国境沿い。工場はメキシコ側、居住地はアメリカ側でした。)

そもそも、何処にどんな学校があって、どういう手続きを踏めばいいのか、全くしらなかったんです。もともと能天気な私は、「なんとかなる」と思っていたので、子供の教育の準備など何もしていませんでした。今から思えば、親として失格だったかもしれませんね。

他の日系企業も幾つか進出していましたが、数が少なく交流もありませんでした。しょうがないので、知り合った現地の人達にいろいろ訊いて、学校に直接行って情報を集めるしかありませんでした。

 

 

現地校にもいろいろあるよね・・・。


いろいろ調べましたが、なかなかしっくりくる学校がありませんでした。公立の小学校は、英語の出来ない生徒はとりあえず ESL(英語教室)に通って、学校での授業に支障が無い程度まで、英語習得の必要がありました。そんなことやってると、勉強が一年ぐらい遅れてしまいそうです。


私立の学校は、宗教色が強かったり、独自の特殊な教育カリキュラムを採用していたりと、日本へ帰国後の高等教育を受ける場面で、支障が出そうなところが多かったと記憶しています。


もっと困ったことは、英語の出来ない日本人の児童を受け入れることに、難色を示す学校が多かったことです。その地域では、日本人は珍しい存在で、実際に日本人と交流した経験が無い人が多かったようです。

 

地元の人に訊くのが一番!

調べれば調べるほど、困難が立ちはだかって、子供達の学校が決まりませんでした。そんなある日、現地の取引業者の社長さんと、夕食をご一緒する機会がありました。彼は、典型的な陽気なメキシコ系アメリカ人でしたので、能天気な関西人の私とは気が合いました。

「この土地での生活で何か困ったことがあったら、いつでも言ってくれ。相談にのるよ。」「子供の学校が、なかなか見つからないんだよ。どっか、英語の出来ない日本人の子供を面倒みてくれる親切な学校ないかな?」「あ、そういうことなら、丁度いい学校があるよ。この学校に問い合わせるといいよ。」彼は、学校名と大よその住所と地図を、テーブルにあったナフキンにさらさらっと書いて渡してくれました。あまり期待はしていませんでしたが、とりあえず翌日に休暇をとって、その学校に行って見ました。

 

校長先生!お願いします!

教えてもらった学校に行ってみました。教会系の学校でしたが、とても明るい雰囲気でした。受付の女性に、子供が四ヶ月程したら日本から来るのだが、学校を探していると伝えると、「校長先生は、出張中です。明日の朝、もう一度来てください。入学については、校長先生と面接して頂くことになっています。」と言われました。

 

「はぁ?いきなり校長先生?面接?なんか、めんどくさい事になったな。」と思いつつ、例の社長さんにその事を伝えると、「いつもみたいな工場のユニフォームじゃなくて、ネクタイ締めていったほうがいいよ。」とアドバイスを貰いました。

 


つまり、校長先生は親の様子も判断材料にするらしいのです。私には、そういう常識はありませんでしたので、ほんとに助かりました。翌日、私は指定された時間に、ネクタイを締めて学校に行ったのです。


校長先生は、非常に快活で終始笑顔で対応してくました。彼の説明によると、神様を大切にするが他宗教の児童を差別無く柔軟に受け入れていること、教育カリキュラムはアメリカの一般的な学校とほぼ同等とのことでした。


直感的な判断でしたが、実際に学校を見て、明るい雰囲気で好感が持てたことと 、校長先生の誠実そうな人柄で、「この学校に通わせよう」と思ったのです。私は校長先生に、社命で赴任することになったこと、会社の事業概要、教育費は十分に支払可能であること、子供は長男が
6 歳で長女が 4 歳になること、英語は出来ないこと、いずれは帰国して日本で暮らすこと、受け入れてくれる学校が見つからずに困っていること、などなど、切々と説明していると・・・・。

 


「分かりました。今、本校には日本人の児童が1人います。その子は、ニューヨークから転校してきた児童で、英語は出来ます。私たちは、英語の出来ない日本人を受け入れた実績はありませんが、受け入れても良いというクラスの先生がいるかどうか、訊いてみます。お困りでしょうから、なんとか受け入れることが出来るよう、努力してみます。来週もう一度来校して頂いて、結果をご連絡いたします。」
翌週、子供達を受け入れることが決まったと、校長先生から返事を貰ったのです。

 

息子は、9 月の新学年開始のタイミングに合わせて、一旦プレスクール(幼稚園)に入り、そのまま
小学校へ進学することになりました。娘は、保育園に入れてもらうことになり、一安心出来ました。


子供達が実際に通学・通園するようになる と、とても優しい先生方と友達に恵まれて、とても良い学校だと分かりました。妻も、先生や父兄との交流で、有意義な経験をしたようです。子供達は大人になった今でも、当時のクラスメート達と交流しているようです。私は現地の仕事では、やることなすこと大失敗しましたが、唯一失敗をしなかったのが子供達の学校探しでした。仕事中心で、子育ては妻に任せきりでしたが、少しだけ父親らしい。
ことが出来たと思います。

親は、子育てによって大人になって行くというのは、ほんとうですね。

 


【子女教育は、会社にとっても重要課題】


海外人事時代、私は海外にいる仲間たちから子女教育に関する相談を、数多く受けることになりました。帯同子女の取扱に対する悩みについては、真摯に耳を傾け、出来る限りの配慮をするように上司に上程していました。


幸いにも、子女取扱に関する決裁書が否決されたことは、一度もありませんでした。私が勤めていた会社は、とても良心的な会社だったと思います。


子供を連れて行く駐在員は、会社の子女対応に十分な配慮があれば、信頼感と安心感を持って赴任できることを、私は経験的に知っていました。親は、自分のことなら我慢しますが、子供のことになると一切妥協できないのです。


駐在員は、帯同子女の教育・養育に問題を抱えると、業務に
100%集中することが出来ません。帯同子女の就学サポートは、お金はかかりますが、海外人事が「会社の良心」を表現できる数少ないチャンスです。感謝されると、気分いいですよね。次回は「海外引越」に関するトラブルについて、考えてみましょう。

 

 

 

 

【連載】失敗しない海外人事(第8話 説明が難しいな、購買力補償方式?)

2019.04.29

 

 

 

 

第 8 話 説明が難しいな、購買力補償方式?

 

海外人事担当の可愛らしい女子社員が、赴任前説明会の最後に笑顔で言いました。担当者:「以上で、山本さんが海外で受け取る給与のご説明を終わります。

 

何か、 ご不明な点はありますでしょうか?」

 

山本:「うーーーんとね・・・すみませんが、もう一回最初からお願いします。」

 

担当者:「そ・・そうですか・・つまりですね、手取り保証の仕組みなんですが、まず、見做しの所得税や社会保険料などを引いてですね、それが日本での山本さんが生活している生計費と看做してですね・・・」

 

山本:「生計費?見做し?あ~!わからん!もう一回、最初からお願いします!」

 

海外駐在員の給与体系、初めて聞いた時は、よく理解できませんでした。多くの駐在員が同じような経験をしていると思います。

 

海外赴任前に、人事の担当者を質問攻めにした私は、メキシコからカナダと渡り歩き、本社に帰任したら、なぜか海外人事を担当することになったのです。私は、海外人事制度を説明する立場になりました。

 

いろいろ海外人事の制度を勉強するうちに、「こりゃ、人事の給与制度に詳しくない人達に説明するのは難しいなぁ。」と思った次第です。

 

 

今回は、いつもより少し長い話になりました。

 

 

海外駐在員の給与設計は、海外人事屋さんの頭痛の種ですよね。海外人事制度が、そのまま海外給与に集約されているので、ほんとうに気を使います。

 

給与制度が分かりにくいと、赴任前から会社に対する不信感が芽生えかねません。不信感は、駐在員の動機付け低下に繋がるので、会社として軽視すべきではありません。

 

【複雑怪奇な給与制度】

 

私は、 約 10 年の海外赴任の後、海外人事に配属となり、海外給与の煩わしさを経験することになったのです。海外人事に散々文句言っていたので、罰が当たった気分でした。

 

海外給与体系は、まるで立体パズルのように、様々な「面」が重なりあっていて、三次元的です。一部変更すると、いろんなところに影響が出てしまう、有機的な仕組みです。

 

公平性の担保(物価、為替レート、生活環境)、動機付け、税務(国内、赴任先国)、福利厚生、労組との交渉事項、安全配慮義務、将来の海外人材の確保、などなど、海外人事屋さんが直面する課題の全てが、そこに集約されています。

 

かっこよく言えば、「人事の考え方の集積」ですね。これは、人事特有の世界ですが、事業部門の従業員には理解が難しいのです。人事の経験が無い人にとっては、「考え方次第でどうにでもなる、架空の金額」のように思えるのです。

 

【海外給与には、いろいろやり方がある】

 

海外給与には、購買力補償方式、併用方式、別建方式の、大きく三種類あると言われています。私が勤めていた会社は、複数の国々に進出していましたから、最もポピュラーな購買力補償方式を採用していました。

 

コンサルティング会社が発行する、統計データ(指数)を購入して設計します。設計概念が複雑ですが、国の違いによる不公平感が出にくいとされています。

 

大手向きの設計方法かもしれませんね。併用方式は、国内給与の手取り額をそのまま補償する形式ですが、主に、中小企業で採用されているようです。大手も海外進出の規模によっては、購買力補償方式から併用方式への変更を検討する傾向があるそうです。

 

 

別建方式は、まったく国内給与とは別の概念で設計する方式です。少数ですが、便利に活用されています。いずれにせよ、分かりにくいのは、「手取保証」という考え方です。これが、なかなか素人には分かりにくいのです。

 

 

海外人事は赴任者に、この「手取保証」の仕組みを、きっちりと!ちゃんと分かってもらえるまで何度でも!説明すべきだと思います。

 

 

【どんな給与方式がベストなのか?】

 

 

それは、一概には言えないというのが実感です。経験豊かな人事屋さんなら、解説本を何冊か読めば、いとも簡単に精緻な海外給与体系を組み上げてしまうでしょう。

 

しかし、「理屈の矛盾がない海外給与体系」が、必ずしも、海外事業に有効に機能するとは限らないのです。

 

 

どの方式で設計したとしても、それぞれ一長一短があります。自社の実態に合わせて、海外人事が知恵を絞って、創り上げて行くしかありません。最近では、コンサルティング会社を活用して、海外給与設計をしている企業も増えてきたようですね。

 

 

【なんで海外人事に文句言ってくるんだろう?】

 

 

困ったことに、どんなに上手く海外給与体系を組み上げても、どんなに上手く説明できたと しても、赴任してから多くの駐在員が「疑念」を持つのです。

 

なぜでしょうか?

 

私が思い至ったのは、海外駐在員が処遇に不満を持つときは、「仕事が上手くいっていない」ことが多いってことでした。同時に、相談する相手がいないことの辛さも、思い出したのです。

 

私の記憶では、経営に問題を抱えている事業所の駐在員からは、より多くの処遇に関するクレームが、海外人事に寄せられる傾向がありました。

 

 

駐在員なら誰でも一度は経験することですが、「この苦労を本社に分かってもらいたい」と切実に感じる瞬間があります。処遇や給与に対するクレームは、「会社は、海外で苦労している自分を尊重してくれているのだろうか?」ということの、確認行為なのかもしれません。

 

 

 

【人の心がどう動くかを想定する】

 

海外人事制度が集約された海外給与体系は、確かに、予算上の制限・税法上の問題・公平性の担保・相場観を精査して設計することは重要です。

 

技術的な方法は、書籍を読んだり専門家に相談すれば、簡単に知ることが出来ます。しかし、人事制度設計の本当の難しさは、「実験ができない」というところにあるのです。

 

海外人事屋だった私は、精緻に組み立てた「理屈の立体パズル」を守る為に、理論武装することに拘っていました。制度を変更した後、どんな不具合が起こるか分からず不安だったので、文句言われても正当性を主張出来るように、理屈を最優先に考えていたのです。

 

 

海外給与体系を、長期に渡って「健全に維持し」「動機付け効果を最大限にする」為に必要だったのは、海外で苦労している仲間の心情を分かろうとする「思いやり」と、ほんの少しの「誠実さ」だったのかもしれないなと、今になって思っています。

 

良い家電製品は、専門技術的なことを説明されても理解できませんが、使ってみると「配慮」の行き届いた設計者の思いを「感じる」ことが出来ます。そういう製品は、ずっと大事に使ってもらえますよね。

 

海外駐在員の給与制度にも、同じことが言えるのかも知れませんね。

 

 

次回は、帯同子女の学校探しについて、考えてみたいと思います。

 

【連載】失敗から学ぶ海外人事(第7話 海外駐在員 帰国したらただの人)

2019.04.22

 

 

第 7話 海外駐在員 帰国したらただの人

海外での勤務は、本当に苦労が多いですが、日本での仕事と比べて裁量の範囲が広く「やりがい」を感じること も多々あります。日本の本社からすると、海外駐在員は事業所を動かすキーマンですから、何かと脚光を浴びることが多いのです。

 

 

日本では、「実務実行者」だった人が、海外事業所では「経営者」であったり、「管理者」としてのスキルが要求されます。 でも、現地には経営の「いろは」を懇切丁寧に指導してくれる人は、殆どいません。

 

海外事業所に派遣された平社員の私は、突然、社内のスターとなって発信する情報や決定したことが、いろいろ取沙汰されるようになったのです。本社では、私しか頼る者がいませんから、ヘソを曲げないように凄く気を使ってくれていたのです。

 

 

若気の至りで、いい気になってしまった私は、帰任してからやっと夢から冷めたのでした。同時に、日本での仕事に生きがいを感じなくなってしまいました。多くの企業で、同様のことが起こっている と思います。

 

今回は、帰任後の元海外駐在員の活用を考えてみたいと思います。

 

 

メキシコ工場での任期が終了したのは、 2001 年 9 月のことでした。私は、家族と共に飛行機に乗って、帰国の途についていました。海外での仕事や生活について、ほとんど勉強もせず赴任して、マネージメントの難しさなど全く意識せず、 5 年間バタバタと目の前にある問題に対応するだけの駐在生活でした。

 

「あ~ぁ、やっと終わったな・・日本に帰ろう。メキシコ工場での経験を、日本での仕事に活かして、がんばろう!」

 

それが、大きな幻想だったことに気が付くのに、そんなに長い時間は必要ありませんでした。

 

【駐在中に得たものは?】

 

私の海外駐在中の仕事のやり方は、兎に角、即断即決で行動力を発揮するという原則に基づいていました。

 

 

大勢の外国人を自分の管理下に置いて、まごまごしていたら、その時点で「甘く見られて」統制がとれなくなってしまいます。毎日の準備が重要で、間違った指示を出さないように細心の注意を払わなければなりません。

 

回答を保留したり、判断を間違ったりすると、数時間後には現場が混乱してしまうリスクが高まります。なぜなら、的確な指示が来ないと、現地スタッフは自分の裁量で仕事をしてしまうことが多いからです。

 

 

「あっ、それは本社に訊いてからじゃないと分からないから、ちょっと待ってね」

 

 

そんなこと言うと、「何も決められない立場の人」として、部下に対する統制力を失うのです。現地スタッフは、いつも「すぐに決めてくれる 人」を探しているのです。

 

極端な話のように聞こえるかもしれませんが、多くの日本人駐在員が現地で直面する困難は、「待ったなし」の状況に毎日のように追い込まれることなのです。

 

今にして思えば、多くの海外駐在員の皆さんが経験しているように、 1 日 24 時間、 1 週間 7 日、 1 年 365 日、ずっと仕事のことばかり気になっていて、心の休まる時がほとんどない生活でした。

 

 

国や地域によって、レベルは違っていますが、海外のオペレーションでは「事態即応能力」が、非常に重要です。海外駐在員が駐在中に習得するスキルは、語学や異文化理解といったアカデミックな領域があります。しかし、この「事態即応能力」が海外事業所の現場では、最も重要且つ有益なスキルなのです。

 

「事態即応能力」は、とても聞こえがいいですが、実は日本人がとても苦手な「リスクをとる」ということが要求される、肝試しのようなものです。

 

 

私は、日本の同僚達が「社内交渉スキル」を伸ばしている間、この「事態即応能力」という、日本の組織には馴染みにくいスキルを経験的に学んでいたのでした。

 

 

【すぐには何も決まらない組織】

 

私は、帰国後の配属先でも、海外勤務時の「流儀」で仕事をしようとしました。上司には
自分の意見をはっきり述べ、周囲には言いたいことを言い、決裁を急ぎ、即行動する・・・・。

 

でも、ある日、気が付いたのです。「俺、浮いちゃってるな・・・」

 

日本企業は、物事を決定するまでに、相当の時間をかけて熟考するのが一般的です。そして、担当者→課長→部長→役員といった具合に、案件が上程されていって、最終的には「会社ぐるみ」で納得しないと、何も起こらないのです。

 

 

動きが遅い一方で、時間をかけて慎重に議論することによって、さまざまな問題点が精査され、事前に対策が準備され、全社のレベルが統一され、妥当な結論が出てくるのです。ある意味では、それが日本企業の屋台骨を支える仕組みになっていると思います。

 

日本の同僚達は、会議資料や役員資料の作成、社内交渉の進め方、打合せ・会議の進行、社内の情報展開、といったスキルを叩きこまれ、社内人脈の中で仕事することを学んでいたのです。それは、政治といっても良いかもしれません。

 

 

そういう組織の中では、私が海外勤務中に習得した「仕場面はありませんでした。私の仕事の仕方は、日本では「着」で、「思慮が浅い」と受け取られていたのでした。

 

 

 

【ただの人は、とても退屈】

 

メキシコ工場で重要人物だった私は、組織の底辺にいる「ただの人」に戻っていたのです。「ただの人」としての仕事は、とても退屈でした。日本の本社には、海外で習得したスキルを活かす職場は、どこにもありませんでした。

 

 

それどころか、「扱いにくい生意気な奴」という位置づけになってしまうのです。これは、若年層の海外駐在員に起こる傾向があるようです。

 

 

私は、ある時期から自分の意見は言わずに、可能な限り大人しく仕事をするようになりました。その方が、周囲との摩擦が少なくて安全だからです。

 

 

 

【人材をムダにしていませんか?】

海外事業所でさまざまな経験をし、現地でのマネージメント経験のある「元海外駐在員」を帰任後に活用出来ている企業は非常に少ないと言われています。

 

ビジネス雑誌等では「グローバル人材育成」が、頻繁に取沙汰されています。グローバル人材育成の手始めに、「元海外駐在員」を十分に活用できていない理由を、深く洞察することは、とても有益かもしれませんね。

 

 

海外駐在員が赴任から帰任までの期間、どのくらいの経費が掛かっているか、試算してみることをお勧め致します。

 

国内勤務以上に支払う海外給与、グロスアップした会社負担の所得税、 社会保険料、引越費用、住居手当、配偶者手当、子女教育手当、赴任・帰任時支度金、語学研修、赴任前研修、渡航・帰国航空券、社有車経費、一時帰国費用、などなど、莫大な費用が掛かってますよね?

 

 

海外駐在員は、海外事業所の経営を担う一方で、「海外事業のマネージメントを経験的に習得した人」という、会社にとって貴重な人的財産と捉えることも重要です。そして、その経験は、会社の莫大な投資によって得られたものなのです。

 

 

とんがった態度をとったり、はっきりものを言ったりする彼らを活用するのは、とても骨が折れますよね。逆に、 周囲との摩擦を嫌がって、海外での経験を胸の内にしまいこんで、目立たない様に大人しくしている人がいるかもしれません。

 

でも、グローバル化が急速に進行していると言われている日本で、彼らの経験は、会社にとって頼もしい戦力になるかもしれないのです。

 

次回は、「海外勤務者の給与」について、考えてみたいと思います。

 

 

【連載】失敗から学ぶ海外人事(第 5 話 異文化の向こう側 )

2019.04.08

第 5 話 異文化の向こう側

異文化理解といっても、なかなかピンときませんね。セミナー等で先生が文化の定義から話し出すと、とたんに眠くなります。私は海外駐在中には、この異文化とやらにイライラしっぱなしでした。

 

海外事業の最前線にいると、異文化理解などという悠長なこと言ってられない現実がありました。でも、仕事が上手く行かなくなって、やっと異文化理解が大事だなと思うようになるのです。それなら行く前からちゃんと勉強していけばいいのです。

 

って、今になって思う次第です。

 

まさに今、 若い頃の私と同様に、異文化イライラ症候群に罹っている駐在員の皆様に贈る応援歌を、今日のテーマと致します。

 

全世界の駐在員の皆様、キレずに、がんばってこー!

 

ひつこく、メキシコ工場時代のエピソードを一つ。私が人生で最初に遭遇した異文化は、メキシコ人スタッフの「言い訳」の素晴らしいテクニックでした。「あんた、そこまでいうかぁ・・・おっ、次はそうくるかぁ・・・」と、最初はかなりイライラしました。

 

でも、だんだんと慣れてきて、「今度は、どういう言い訳がきけるかな」と、エンジョイするぐらいの感覚になっていました。

 

遅刻だ!連絡しなくても、あたしはだいじょーぶ!

ある日、私の部下の現地マネージャーの女性(以下、 L)が、3時間遅刻してきました。私の顔をみても何も説明に来ず、いつものようにニコニコ笑いながら、普通に仕事に取り掛かろうとしたのです。

 

「またかよぉ・・・」と、かなりイラッ! としながら、彼女を呼びつけて、私「あんた、遅かったね。なんで遅刻したんや?」

 

L「まぁ聞いてください!朝起きたら、冷蔵庫の故障で、中の物が溶けちゃってて、床が水浸しになっていたのぉ」

 

私「ふーん・・それで?」

 

L「その応急処置をしていたので、遅れたのぉ」

私「遅れるなら、電話ぐらいしてきたらどうなんや?」

 

L「私の家には電話がないのよぉ」

 

私「じゃ、公衆電話から出来るやろうが!」

 

L「公衆電話は、 1 キロぐらい離れたとこにしかないのぉ」

 

私「車があるやろうが!」

 

L「私も、そう思って車にのって公衆電話まで行こうとしたら、なんと!車がパンクしていたの!だから、連絡できなかったのよぉ」

 

私「じゃ、 今日はどうやって出勤できたんぢゃ!」

 

L「お隣さんが、タイヤ交換を手伝ってくれたのぉ。今日はラッキーだったわ!」

 

私「つまり、あんたが連絡もなしに三時間も遅刻したのは、あんたにはまったく責任がないって言いたいのかぇ?」

 

 

L「そうなのぉー、とにかく冷蔵庫が壊れちゃってぇー。今日は、午前中を有休にしてもらってもいいですかぁ?」

 

 

・・・最初の頃は、殺意すら覚えましたね。

 

とにかく、何かにつけて謝らないのです。しかし、後になって、彼らがなぜこういう態度をとるのかが、なんとなく分かってきたのです。

 

それを教えてくれたのは、現地採用の若い日本人通訳でした。

 

 

ごめんなさいは、死につながる

通訳の彼が教えてくれたのは、「メキシコでは、上手に言い訳できないような人は、一人前の大人とみなされません」ということでした。彼の説には異論があるかと思いますが、説得力はありました。

 

彼曰く、
「メキシコという国は、その昔、スペインに厳しい統治を受けた時代がありました。その頃のメキシコの人達は、「非を認める」=「厳罰」という図式があって、必死で言い訳する以外に、自分自身や家族、親戚、コミュニティーを守る術がなかったのだそうです。

 

とにかく、命がかかっているのですから、その場限りの嘘でも何でも助かればいいのです。その為、言い訳の技術は高度に発達したのではないかと、僕は思います。

 

みんなの前だと面子もありますから言い訳しますが、周りの目がないところで話すと意外と素直ですよ。」

 

なるほど、そうだったのかと納得して以来、注意を与えるときには、周りに気を配るようにしたのです。そうすれば、意外と真摯に話を聴いてくれる人達でした。(とことん挑戦的な人も、いましたけどね。)

 

【自分の身は、自分で守らなければならない人々】

メキシコの人達以外にも、容易には自分の非を認めたがらない国々はありますよね。過去に他国の厳しい統治を受けた、アジアや中南米の人々も同様です。

 

中国は、文化大革命の頃には粛清の嵐が吹き荒れ、人々は非を認めたら大変な目に遭っていたと言われています。(少し理由は違いますが、欧米先進国にも、自分の非を容易に認めたがらない人が多いようですね。)

 

よくよく観察してみると、それらの国々には一つの共通点があるように思います。それらの国々 では、社会保障が整備されていなかったり、激しい競争があったり、政府が必ずしも国民を守る立場をとらないといったことです。

 

とにかく、生きる為には、自分の身は自分で守らなければならないという、日本の何十倍もシビアな環境があるのです。

 

そんな社会で暮らしている人々にとって、何が一番大事なのでしょうか?

 

それはきっと、自分自身の安全確保です。まず自分自身、自分の家族・親戚・親友、自分が属するコミュニティーという具合に、相互協力の人の繋がりを形成して生きているのです。

 

特に、貧しく生活環境の厳しい国では、この人的繋がりのルールが、 国家の法律より優先される場合があります。そこに社会が腐敗する、原因があるのかもしれません。

 

極論ですが、自分達の繋がりの外にいる人は、死のうがどうなろうが全く気にならない「よそ者」ということになるのです。一方で、相手を自分達のコミュニティーの内部にいる人だと認めたら、とても親切で誠実な対応をする場合が多いのです。

 

 

【異文化の向こう側にある共通点】

コミュニティーは、地縁・血縁や同じ行動様式を持っている人々の間で形成されています。行動様式とは、宗教かもしれないし、イデオロギーかもしれません。何れにせよ、同じ価値観を共有できる人々が集まって、助け合っているのです。

 

それでは、海外駐在員が現地でマネージメントする時に、何を分かっていなければならないのでしょうか?それは、地球上の全ての人が、共通の感情を持っているという確かな事実です。

 

どんなに文化的背景が違っていても、喜怒哀楽という感情は同じです。どの国の人も、喜び、怒り、哀しみ、楽しみという感情をもっています。

 

「どういう物事に、喜怒哀楽が反応するか」が、地域によって違っているだけなのです。現地の人達が、何を喜び、何に怒りを感じ、何を哀しみ、どんなことを楽しいと思うのか・・・。

 

それを分かっていることが、駐在員として必要な異文化理解なのかもしれません。そして、日本人駐在員として、現地の職場や社会で「適切な振る舞い」とはどういうものなのかを、よく知った上でマネージメントすることが、事業所運営の安定に繋がるのです。

 

あなたの会社の海外事業所の駐在員達は、現地の人達のコミュニティーに安心感をあたえているのでしょうか、それとも不安を感じさせる「よそ者」なのでしょうか?とても気になるところです。

 

なぜなら、現地の人達との信頼関係の崩壊は、海外事業所の崩壊に繋がるからです。

 

次回は、「現地スタッフ」との付き合い方について、考えてみたいと思います。

 

 

【連載】失敗から学ぶ海外人事(第 4 話 語学だ!気合で乗り切る?)

2019.04.01

 

4 話 語学だ!気合で乗り切る?


海外赴任前に誰もがすること
NO.1 は、勿論、語学研修ですよね。海外勤務を経験した人
なら誰でも、赴任前に上司や同僚達から、いろいろ励まされたことでしょう・・・・ 。


同僚
A:山本さん、いろいろ大変だと思うけど、気合の目ぢからで乗り切ってくださいね!
課長
B:山本くん、大丈夫だ!気合だ!身振り手振りでなんとかなるよ!君なら、だいじょーぶ!だいじょーぶ!案ずるより産むが易し!


部長
C:やまもとぉ、やっぱし海外での仕事は英語だよな。君は日常会話ぐらいは出来るんだろ?きっと、だいじょーぶだよ!気合でなんとかなるよ!「だいじょーぶ!」「気合で乗り切れ」の嵐!

実際は、「だいじょーぶ!」でも無ければ、「気合」でも乗り切れませんでしたし、「案じた通り」産むのはやっぱり難しかったのです。 私の抱えていた問題は、実は、語学力の問題だけではありませんでした。

 

今回は、言葉は間違ってないのに、まったく「意図」が通じないという、苦い体験を皆さまにお伝えします。

二十年以上前、 私がメキシコ工場に勤務した頃の話です。 赴任前に、会社が用意してくれた英語研修と若干のスペイン語研修を受講しました。私は若い頃に留学経験がありましたが、英会話能力は大したことはありませんでした。 案の定、 私は至る所で言葉の壁に直面しました。しかし、「壁」の本質は、語学力という技術的な問題だけでは無いということに、後になって気が付くことになるのです。

 

【分かったのか、分かってないのかが、分からない・・】

メキシコの公用語はスペイン語です。 私はスペイン語がまったく出来ないので、主に英語を使って仕事をしていました。現地のマネージャーは、英語が話せることが採用の条件でした。現場作業者は、スペイン語のみです。私たちは、マネージャーに拙い英語で指示を出し、それがスペイン語で現場に展開されるのです。

 

困ったことに、意図したとおりに相手が理解しているかどうかは、結果が出るまで確認出来ないのです。間違っていたら、また最初からやり直しです。ほんとに、多くの時間と忍耐を必要とする仕事だったですね。これは、多くの日系企業の駐 在員共通の悩みだと思っています。

 

【結果を期待するなら、詳細を具体的に説明しなければならない】

私がいたのは工場ですから、 5S 活動(企業によっては、 6S)は基本です。整理、整頓、清潔、清掃、躾、ですね。ある日、「この倉庫を Clean に維持しろ。」と現場に指示しました。

とにかく、雑然としていて、砂埃が舞っていたので、製品の品質管理上とても大きな問題でした。


でも、なかなか
Clean になりません。マネージャーに、「もっと、ちゃんと Clean にしろ!」と何回も指導しましたが、改善されませんでした。なかなか、分かってもらえないまま一年以上が経過した時、ある現地マネージャーに、 自宅でのバーベキューパーティーに招待されたのです。彼の自宅にお邪魔して、私は衝撃を受けました。

 

彼が住んでいたのは、道路は舗装されておらず凸凹で、とても埃っぽい区域でした。家は2 階建てでしたが、 1 階はほぼ土間の状態で、上下水道は十分に整備されていないようでした。家の中には砂埃があがっていました。

 

それでも、当時の現地従業員の家としては、随分良いほうだったようです。 私と現地従業員の間には、生活環境に圧倒的な差がありました。知識としては知っていましたが、実際にその場に行って、その差を鮮明に心に刻んだのでした。

 

そして、私はある重要なことに気が付いたのです。
現地従業員の自宅に比べると、確かに工場の倉庫は「はるかに
Clean」だったのです。倉庫のマネージャーと現場の作業者達は、ちゃんと「彼らが考える Clean」を維持しようとして、最大限の努力をしてくれていたのでした。

 

ところが、私は具体的にして欲しいことを説明していなかったのです。英語で説明することが面倒で、曖昧な表現で指示だけしていたのは、私の職務怠慢だったと思っています。

 

【気づきの訪れ、現地従業員に罪はない】

私たちは、人は「何かと比べて、良い・悪い」を判断しているという、当たり前のことに後になって気が付いたのです。外国の人達と一緒に仕事をする際には、相手が何を基準に物事を評価・判断しているかということを、常に意識していないと大きな間違いを犯してしまいます。


私の「
Clean」と 現地スタッフの「Clean」は、言葉は同じでも意味がまったく違っていました。
「私の言う
Clean とは、製品は決まった場所にきちんと保管され、道具はロケーションを決めて収納し、通路には一切余計なものは置かず、床には埃が付かないように毎日決まった時間に清掃すること。」といった具合に、詳細に説明すべきでした。


そして、駐在員自らが作業をやってみせて、翻訳を面倒がらず、理解して貰えるまで何回でも辛抱強く説明しなければ、決してアウトプットは出てきません。その努力を惜しむことと、語学力の問題を混同してはいけないのです。

 

【ほんとに役に立つ語学研修とは?】

経験から分かった事は、言葉を流暢に話せる人が、必ずしも優秀な駐在員とは言えないということです。 一方で、言葉が不得意な人が、駐在員として不適格者とは限らないのです。言葉は上手ではないけど、現地の人達を適切にマネージメントし、社外との交渉も上手にやり遂げている駐在員は数多くいらっしゃいます。


彼らは、どういうノウハウを使っているのでしょうか?きっと、語学力が不足している部分を、苦労しながら身につけた工夫によって補完しているのでしょう。あなたの会社の赴任前語学研修は、海外駐在員の仕事の役に立っているのでしょうか?一度、任期を終えて帰国した元駐在員に、「語学研修、役にたったかな?」と訊いてみる ことをお勧め致します。


「ぜーんぜん!お金と時間のムダだったな。」と言われちゃったら、ショックですよね。
どんな語学研修が効果的か深く考えてみるのも、海外人事の楽しい仕事だと思います。

 

次回は、「異文化理解」について考えてみたいと思います。

 

 

 

 

 

【連載】失敗から学ぶ海外人事(第 3 話 ビザと生活設営の遅れは大問題!)

2019.03.25

 

第 3話 ビザと生活設営の遅れは大問題!

海外赴任の第一関門は、なんと言ってもビザ取得と赴任地での生活設営です。


言葉も分からず慣れない土地での生活設営は、大きなストレスです。でも、これが完了しないと業務に支障が出るのですから、海外人事からのサポートは不可欠です。海外人事としては、手がかかるので面倒ですが、腕の良い担当者がいれば会社の宝になるでしょう。


なぜなら、コストの高くつく駐在員が一日でも早く円滑に業務に取り掛かることができれば、海外事業所は大いに助かるからです。

 

今回は、ビザ取得が遅れ海外生活の知識も未熟な「ある 駐在員」 が、悲惨な状況に追い込れた悲しい物語をご紹介いたします。 ある駐在員とは、実は私自身のことです。

二十年以上前のことです。 私が勤務した工場は、米国-メキシコ国境沿いの「マキラドーラ」という関税の優遇策を活用したオペレーションでした。駐在員は「アメリカ側」に居住し、「メキシコ側」の工場で業務するというのが、このオペレーションの特徴です。身代金目的の誘拐や麻薬組織の抗争等で非常に治安が悪いので、どの日系企業も同様のやり方で操業していました。

 

私たち駐在員は、アメリカ現地法人に出向し、メキシコ工場の運営を担当するという立場になっていました。したがって、アメリカ就労ビザを取得し、給与もアメリカ現法から受け取ることになります。(勿論、メキシコ側でのビザも必要でした。)そんなわけで、 私はアメリカ合衆国に居住することになったのです。

 

【そして悲劇は始まった】

諸般の事情で、 私はアメリカ現法側でビザ申請を行うことになっていました。でも、現地にはビザ取りノウハウがなく、ビザ申請の手続きが遅れたのです。結局、困り果てたアメリカ現法は、弁護士にビザ申請を一任したのでした。この判断は正解でしたが、タイミングが遅すぎたのです。

なんと!渡航直前になっても、アメリカ就労ビザは取得できていませんでした。

でも、工場立上計画に待ったなしですから、やむを得ず短期商用(90 日)という扱いでア メリカに渡ったのでした。未熟な私は、そのことが何を意味するのか知る由もなく、知らぬが仏で米国-メキシコ国境の町に到着したのです。翌日、さっそく生活設営を始めましたが、ある重要なことに気がついたのです。それは、銀行口座・住居・運転免許証の取得等、重要な契約・手続きには、必ずと言ってい
いほど滞在可能なビザと社会保障番号が要求されるってことでした。その程度のことも知らずに渡航するなんて、恐るべき勉強不足!

私たち駐在員は、唯一の身分証明書であるパスポート片手に、銀行・不動産屋・役所等で一生懸命に交渉しました。新参者の私たちは、 そもそも地域社会で信用が無い上に、米国で有効な身分証明が出来ないため、泣けど叫べど何一つ上手くいきませんでした。

 

【えっ!給料もらえないの?】

最も 私の心を暗くさせたのは、就労ビザがないので、アメリカ現法から給料を支払えないという事実でした。渡航後もなかなかビザが下りず、宙ぶらりんな状態になっていました。おそらく弁護士に相談すれば、何か良い方法があったのでしょう。でも、その頃の私には、弁護士を活用するという知恵すらなかったのです。

いよいよ、日本のクレジットカードが限度額を超え、現金も尽き、食事代も乏しくなってきました。「なんとかしてください!」とアメリカ現法に窮状を訴えました。しばらくしてから、経理から各駐在員に当座の経費相当の仮払いチェック(小切手)が送られてきました。私たち駐在員は、日本食レストランで自分宛の小切手を眺めながら、「これさぁ、俺たち銀行口座ないから現金化できないよね。ここの勘定、どうしようかね?この小切手に裏書してレジで渡そうか。あははは・・・」と、冗談を言っても、誰も笑う気力はありませんでした。

 

【困難は人を成長させる!だけど・・・】

短期商用期間(90日)が、あと二週間で終了するという頃になって、やっと就労ビザを
取得できました。その後、社会保障番号を手に入れてからは、今までの苦労が嘘のように各
手続きがスムースに出来ました。
結局、生活設営に 4 か月以上かかりました。工場立上業務と同時進行だったので、時間的ロスが大きく、会社としても有形・無形の損失が沢山ありました。 私が、 まごついている間に掛かった追加経費は「莫大」でした。

しかし、悪いことばかりではありません。明確な身分証明が出来ず、支援も少ない中で生活設営に取組んだので、自分で調べ、自分の脳みそ使って考え、自分自身で行動しなければ問題は何一つ解決しないという環境に放り込まれていました。 私は、失敗を繰り返しながら、外国での生活を経験的に学ぶことができたのです。

 

最近は、私の若い頃に比べて、企業が失敗を許容する範囲が狭まったように感じます。若い人に、「心は折れるけど会社の屋台骨に影響しない程度の失敗」をさせて、自力での挽回を促すというのも、人材育成として効果的かもしれませんね。しかし、過保護はいけませんが「ビザ取得」と「生活設営」は失敗さ せても良い項目から外すべきです!

 

 

【ビザと生活設営のトラブルは海外事業を停滞させる!】

ビザ取得」と「生活設営」は、海外事業所運営にとって重要事項です。意外に、そのことを意識していない経営者が多いのです。海外事業の経験豊かな企業では、駐在員のビザ取得を専門のコンサルティング会社に任せたり、生活設営をアウトソーシングしたりと、様々な工夫を凝らしています。多少お金はかかりますが、自社のノウハウでは対応困難なビザ取得や、生活設営に関わる問題は、迷わずコンサルティング会社や信頼性の高い外部業者を活用するのが得策です。私は経験上、そのことを強くお勧めしています。良く知らないまま自力で大失敗するより、専門家に相談した方が出て行くお金を少なく出
来る場合がありますし、解決のスピードも早い。

経営者は進出先での収益確保に意識が行ってしまい、「物」「金」の準備を優先しがちです。
しかし、必死で準備した「物」「金」を使って計画実行するのは、他ならぬ「人」です。意外な盲点ですが、「ビザ取得」と「生活設営」が上手く行かなくて、海外事業が著しく停滞することもあるのです。
あなたの会社では、海外赴任者のサポートをどれぐらい熱心にやっているのでしょうか?今この瞬間にも世界のどこかで、自力で解決出来ない問題で悩んでいる駐在員がいるかもしれませんね。

 


次回は、「語学」について触れてみたいと思います。

 

 

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