【連載】第 28 話 危機管理の要諦(失敗から学ぶ海外人事)
2019.10.01
第 28 話 危機管理の要諦
こんにちは、 海外危機管理コンサルタントの山本優です。
これは、 知り合い(N さん)から聞いた話です・・・
N:「何年か前にね、うちの会社の店舗に強盗が入ったんだよ。」
私:「へぇーーー!そりゃ、大変やったね。」
N:「東南アジア系の男がさ、店に入ってくるなり、かね!かね!ってさ」
私:「こえー!そいつは、武器もってたの?」
N:「ナイフを構えて、突然入ってきたんだよ。」
私:「そりゃ、不味いやん。それで、どうなったの?」
N:「そこの店長がさ、けっこう良い体格した空手の有段者でね、めっちゃ強いのよ。
相手が小柄で弱そうだったんで、勝てる!と思ったらしいんだよ。」
私:「それで、店長はどしたの?」
N:「ごるぁああ!って逆切れして威嚇したらしい」
私:「ほぉ~、勇敢だね。っていうか、そんな店長って、客もびびるよね(笑)」
N:「そしたら、強盗は逃げてったらしい。結局、被害はゼロだったんだよな」
私:「そっかー。無事でよかったなー、社内表彰レベルだね。」
N:「ところがさ、その武勇伝を本社に報告したらね、社長から思いっきり怒られたんだと
よ(笑)」
この店長、なんで社長に怒られたんでしょうか?
実は、そこに企業の危機管理の要諦があるのです。
【何を守りたいのか?】
私は、政治家でも、思想家でも、市民活動家でもありませんが、最近の安保法制の議論については、皆さんと同様に色々と思いを巡らすことがありますね。
かなり以前からですが、テレビを観ておりますと、政治家や評論家等が「国益」と いう言葉を頻繁に口にするようになりました。
「国益に資する為に」という言葉を聞くと、なんとなくのイメージで、それがとても重要だと感じますよね。そして、あたかも「そんなの当然、みんな分かってることだろう」という「得体の知れない空気」があります。
でも、「国益」って、具体的に何を指しているのでしょうか?
この重要な「国益とは?」という理解の仕方を、我々日本人は、まだまだ議論し尽してないのかもしれませんね。
それぞれの立場で、日本人にとって「大事な物」の優先順位の付け方が、違っているのでしょうかね。
ある人は、「国民の生命・自由・幸福追求の権利」が一番大事だと思ってるかも知れませんし、またある人は「領土だ!主権だ!アイデンティティーだ!」と言うかも知れません。
いやいや「日米同盟だ!」と思っている人も、少なからずいるようですね。
危機管理の観点から見ると、実は、「守るべきは何か?」の合意が形成されていないというのは、非常に大きな問題なのです。それが決まらないと、効果的な危機管理の仕組みを構築することは出来ません。
だからこそ、安保法制の議論は、喧々諤々、紛糾するのだと思っています。私達は、さまざまな違った価値観のせめぎ合いに直面しているのかも知れませんね。
【企業にとって、守るべきは?】
企業の危機管理標準を策定する際にも、まったく同様の議論が必要です。自分達が勤めている会社にとって、「何が大事なのか」という共通の価値観を醸成しておくことが、非常に重要です。
多くの場合、経営者が「何を大事だと思っているか」が、危機管理体制に色濃く反映されるのです。
危機管理体制が、そもそも無い・・・なんていう会社は、社長さんが自分のことしか考えない人かも知れませんから、従業員の皆さんは早めに転職しましょう ね。
経営者にとって最も大きな不安は、赤字決算・廃業・倒産ですよね。つまり、「何が起こったら、会社が無くなってしまうのか?」というところから、議論を始めるべきだと思っています。
「何が起こったら、会社が無くなってしまう」のでしょうか?
多くの経営者の皆さんが、経験的に知っていることがあります。
それは、「信用を失ったら、全てを失う」ということです。
企業の危機管理標準は、事業の核心的利益の根幹である、「信用」を維持する為に、議論され、策定され、運用されるべきものなのです。
逆にいえば、損益計算書の短期的な利益確保の為に、大事なものを犠牲にして「信用失墜」を招いた経営者は、事業の幕引きを余儀なくされる可能性が高いと言わざるを得ません。
そんな大事なものとは一体なんでしょうか?
それは、「人」です。企業の海外危機管理で最優先すべきことは、「人への安全配慮」なのです。
【海外危機管理の要は、海外人事です】
海外に進出している企業は、危機管理体制の一部として、「海外危機管理体制」を整備しておくことは、今や常識化しつつあります。
「海外危機管理体制」なんて、そもそも無いという会社は、経営陣が「海の向こうのことは知らんぷり、俺たち安全な日本にいるから大丈夫」と思っているかも知れませんから、駐在員の皆さんは早めに転職しましょうね。
海外進出には、国内には無い様々なリスクが伴います。それは、業態によっても、進出先国によっても違います。
海外駐在員の安全配慮義務の遂行は勿論の事、帯同家族、出張者、現地従業員の安全も配慮する必要があります。
窃盗、強盗、レイプ、誘拐、詐欺、労働争議、現地官憲による不当拘束、紛争、テロ、反 日暴動、感染症、メンタルヘルス、賄賂要求、企業脅迫、情報漏洩、従業員の不正行為、訴訟、地震、津波、洪水、火災、竜巻、大気汚染、交通事故、・・・・・・・
数え上げたらきりが無い程、多種多様なリスクを想定しておかなければなりませんよね。
まさに「渡る世間は鬼ばかり」です。
実は、海外人事機能には、危機管理上の重要な役割があるのです。
それは、海外事業運営を健全に維持できる「人材を採用・発掘・開発」し、「適切に処遇して動機づけを維持」し、「法律」に則って、「円滑に安全に赴任・帰任」させるということです。
その基本的な機能が整備されていないと、赴任先で様々な不具合が生じます。場合によっては、海外事業のみならず、会社全体の事業に支障を来す恐れがあります。
日本本社では、危機管理の責任者は、多くの企業で経営者とされています。
しかし、遠く離れた海外事業所においては、事実上、その役割を駐在員が担っているのです。
海外人事は、海外事業所に「経営者・危機管理責任者」を送り込む仕事をしているんですね。
次回は、 このコラムの最終回となります。私自身の「海外人事に寄せる想い」を、皆様にお伝えしたいと思います。