失敗から学ぶ海外人事
【連載】失敗から学ぶ海外人事(第 4 話 語学だ!気合で乗り切る?)
2019.04.01
第 4 話 語学だ!気合で乗り切る?
海外赴任前に誰もがすること NO.1 は、勿論、語学研修ですよね。海外勤務を経験した人
なら誰でも、赴任前に上司や同僚達から、いろいろ励まされたことでしょう・・・・ 。
同僚 A:山本さん、いろいろ大変だと思うけど、気合の目ぢからで乗り切ってくださいね!
課長 B:山本くん、大丈夫だ!気合だ!身振り手振りでなんとかなるよ!君なら、だいじょーぶ!だいじょーぶ!案ずるより産むが易し!
部長 C:やまもとぉ、やっぱし海外での仕事は英語だよな。君は日常会話ぐらいは出来るんだろ?きっと、だいじょーぶだよ!気合でなんとかなるよ!「だいじょーぶ!」「気合で乗り切れ」の嵐!
実際は、「だいじょーぶ!」でも無ければ、「気合」でも乗り切れませんでしたし、「案じた通り」産むのはやっぱり難しかったのです。 私の抱えていた問題は、実は、語学力の問題だけではありませんでした。
今回は、言葉は間違ってないのに、まったく「意図」が通じないという、苦い体験を皆さまにお伝えします。
二十年以上前、 私がメキシコ工場に勤務した頃の話です。 赴任前に、会社が用意してくれた英語研修と若干のスペイン語研修を受講しました。私は若い頃に留学経験がありましたが、英会話能力は大したことはありませんでした。 案の定、 私は至る所で言葉の壁に直面しました。しかし、「壁」の本質は、語学力という技術的な問題だけでは無いということに、後になって気が付くことになるのです。
【分かったのか、分かってないのかが、分からない・・】
メキシコの公用語はスペイン語です。 私はスペイン語がまったく出来ないので、主に英語を使って仕事をしていました。現地のマネージャーは、英語が話せることが採用の条件でした。現場作業者は、スペイン語のみです。私たちは、マネージャーに拙い英語で指示を出し、それがスペイン語で現場に展開されるのです。
困ったことに、意図したとおりに相手が理解しているかどうかは、結果が出るまで確認出来ないのです。間違っていたら、また最初からやり直しです。ほんとに、多くの時間と忍耐を必要とする仕事だったですね。これは、多くの日系企業の駐 在員共通の悩みだと思っています。
【結果を期待するなら、詳細を具体的に説明しなければならない】
私がいたのは工場ですから、 5S 活動(企業によっては、 6S)は基本です。整理、整頓、清潔、清掃、躾、ですね。ある日、「この倉庫を Clean に維持しろ。」と現場に指示しました。
とにかく、雑然としていて、砂埃が舞っていたので、製品の品質管理上とても大きな問題でした。
でも、なかなか Clean になりません。マネージャーに、「もっと、ちゃんと Clean にしろ!」と何回も指導しましたが、改善されませんでした。なかなか、分かってもらえないまま一年以上が経過した時、ある現地マネージャーに、 自宅でのバーベキューパーティーに招待されたのです。彼の自宅にお邪魔して、私は衝撃を受けました。
彼が住んでいたのは、道路は舗装されておらず凸凹で、とても埃っぽい区域でした。家は2 階建てでしたが、 1 階はほぼ土間の状態で、上下水道は十分に整備されていないようでした。家の中には砂埃があがっていました。
それでも、当時の現地従業員の家としては、随分良いほうだったようです。 私と現地従業員の間には、生活環境に圧倒的な差がありました。知識としては知っていましたが、実際にその場に行って、その差を鮮明に心に刻んだのでした。
そして、私はある重要なことに気が付いたのです。
現地従業員の自宅に比べると、確かに工場の倉庫は「はるかに Clean」だったのです。倉庫のマネージャーと現場の作業者達は、ちゃんと「彼らが考える Clean」を維持しようとして、最大限の努力をしてくれていたのでした。
ところが、私は具体的にして欲しいことを説明していなかったのです。英語で説明することが面倒で、曖昧な表現で指示だけしていたのは、私の職務怠慢だったと思っています。
【気づきの訪れ、現地従業員に罪はない】
私たちは、人は「何かと比べて、良い・悪い」を判断しているという、当たり前のことに後になって気が付いたのです。外国の人達と一緒に仕事をする際には、相手が何を基準に物事を評価・判断しているかということを、常に意識していないと大きな間違いを犯してしまいます。
私の「Clean」と 現地スタッフの「Clean」は、言葉は同じでも意味がまったく違っていました。
「私の言う Clean とは、製品は決まった場所にきちんと保管され、道具はロケーションを決めて収納し、通路には一切余計なものは置かず、床には埃が付かないように毎日決まった時間に清掃すること。」といった具合に、詳細に説明すべきでした。
そして、駐在員自らが作業をやってみせて、翻訳を面倒がらず、理解して貰えるまで何回でも辛抱強く説明しなければ、決してアウトプットは出てきません。その努力を惜しむことと、語学力の問題を混同してはいけないのです。
【ほんとに役に立つ語学研修とは?】
経験から分かった事は、言葉を流暢に話せる人が、必ずしも優秀な駐在員とは言えないということです。 一方で、言葉が不得意な人が、駐在員として不適格者とは限らないのです。言葉は上手ではないけど、現地の人達を適切にマネージメントし、社外との交渉も上手にやり遂げている駐在員は数多くいらっしゃいます。
彼らは、どういうノウハウを使っているのでしょうか?きっと、語学力が不足している部分を、苦労しながら身につけた工夫によって補完しているのでしょう。あなたの会社の赴任前語学研修は、海外駐在員の仕事の役に立っているのでしょうか?一度、任期を終えて帰国した元駐在員に、「語学研修、役にたったかな?」と訊いてみる ことをお勧め致します。
「ぜーんぜん!お金と時間のムダだったな。」と言われちゃったら、ショックですよね。
どんな語学研修が効果的か深く考えてみるのも、海外人事の楽しい仕事だと思います。
次回は、「異文化理解」について考えてみたいと思います。
【連載】失敗から学ぶ海外人事(第 3 話 ビザと生活設営の遅れは大問題!)
2019.03.25
第 3話 ビザと生活設営の遅れは大問題!
海外赴任の第一関門は、なんと言ってもビザ取得と赴任地での生活設営です。
言葉も分からず慣れない土地での生活設営は、大きなストレスです。でも、これが完了しないと業務に支障が出るのですから、海外人事からのサポートは不可欠です。海外人事としては、手がかかるので面倒ですが、腕の良い担当者がいれば会社の宝になるでしょう。
なぜなら、コストの高くつく駐在員が一日でも早く円滑に業務に取り掛かることができれば、海外事業所は大いに助かるからです。
今回は、ビザ取得が遅れ海外生活の知識も未熟な「ある 駐在員」 が、悲惨な状況に追い込れた悲しい物語をご紹介いたします。 ある駐在員とは、実は私自身のことです。
二十年以上前のことです。 私が勤務した工場は、米国-メキシコ国境沿いの「マキラドーラ」という関税の優遇策を活用したオペレーションでした。駐在員は「アメリカ側」に居住し、「メキシコ側」の工場で業務するというのが、このオペレーションの特徴です。身代金目的の誘拐や麻薬組織の抗争等で非常に治安が悪いので、どの日系企業も同様のやり方で操業していました。
私たち駐在員は、アメリカ現地法人に出向し、メキシコ工場の運営を担当するという立場になっていました。したがって、アメリカ就労ビザを取得し、給与もアメリカ現法から受け取ることになります。(勿論、メキシコ側でのビザも必要でした。)そんなわけで、 私はアメリカ合衆国に居住することになったのです。
【そして悲劇は始まった】
諸般の事情で、 私はアメリカ現法側でビザ申請を行うことになっていました。でも、現地にはビザ取りノウハウがなく、ビザ申請の手続きが遅れたのです。結局、困り果てたアメリカ現法は、弁護士にビザ申請を一任したのでした。この判断は正解でしたが、タイミングが遅すぎたのです。
なんと!渡航直前になっても、アメリカ就労ビザは取得できていませんでした。
でも、工場立上計画に待ったなしですから、やむを得ず短期商用(90 日)という扱いでア メリカに渡ったのでした。未熟な私は、そのことが何を意味するのか知る由もなく、知らぬが仏で米国-メキシコ国境の町に到着したのです。翌日、さっそく生活設営を始めましたが、ある重要なことに気がついたのです。それは、銀行口座・住居・運転免許証の取得等、重要な契約・手続きには、必ずと言ってい
いほど滞在可能なビザと社会保障番号が要求されるってことでした。その程度のことも知らずに渡航するなんて、恐るべき勉強不足!
私たち駐在員は、唯一の身分証明書であるパスポート片手に、銀行・不動産屋・役所等で一生懸命に交渉しました。新参者の私たちは、 そもそも地域社会で信用が無い上に、米国で有効な身分証明が出来ないため、泣けど叫べど何一つ上手くいきませんでした。
【えっ!給料もらえないの?】
最も 私の心を暗くさせたのは、就労ビザがないので、アメリカ現法から給料を支払えないという事実でした。渡航後もなかなかビザが下りず、宙ぶらりんな状態になっていました。おそらく弁護士に相談すれば、何か良い方法があったのでしょう。でも、その頃の私には、弁護士を活用するという知恵すらなかったのです。
いよいよ、日本のクレジットカードが限度額を超え、現金も尽き、食事代も乏しくなってきました。「なんとかしてください!」とアメリカ現法に窮状を訴えました。しばらくしてから、経理から各駐在員に当座の経費相当の仮払いチェック(小切手)が送られてきました。私たち駐在員は、日本食レストランで自分宛の小切手を眺めながら、「これさぁ、俺たち銀行口座ないから現金化できないよね。ここの勘定、どうしようかね?この小切手に裏書してレジで渡そうか。あははは・・・」と、冗談を言っても、誰も笑う気力はありませんでした。
【困難は人を成長させる!だけど・・・】
短期商用期間(90日)が、あと二週間で終了するという頃になって、やっと就労ビザを
取得できました。その後、社会保障番号を手に入れてからは、今までの苦労が嘘のように各
手続きがスムースに出来ました。 結局、生活設営に 4 か月以上かかりました。工場立上業務と同時進行だったので、時間的ロスが大きく、会社としても有形・無形の損失が沢山ありました。 私が、 まごついている間に掛かった追加経費は「莫大」でした。
しかし、悪いことばかりではありません。明確な身分証明が出来ず、支援も少ない中で生活設営に取組んだので、自分で調べ、自分の脳みそ使って考え、自分自身で行動しなければ問題は何一つ解決しないという環境に放り込まれていました。 私は、失敗を繰り返しながら、外国での生活を経験的に学ぶことができたのです。
最近は、私の若い頃に比べて、企業が失敗を許容する範囲が狭まったように感じます。若い人に、「心は折れるけど会社の屋台骨に影響しない程度の失敗」をさせて、自力での挽回を促すというのも、人材育成として効果的かもしれませんね。しかし、過保護はいけませんが「ビザ取得」と「生活設営」は失敗さ せても良い項目から外すべきです!
【ビザと生活設営のトラブルは海外事業を停滞させる!】
ビザ取得」と「生活設営」は、海外事業所運営にとって重要事項です。意外に、そのことを意識していない経営者が多いのです。海外事業の経験豊かな企業では、駐在員のビザ取得を専門のコンサルティング会社に任せたり、生活設営をアウトソーシングしたりと、様々な工夫を凝らしています。多少お金はかかりますが、自社のノウハウでは対応困難なビザ取得や、生活設営に関わる問題は、迷わずコンサルティング会社や信頼性の高い外部業者を活用するのが得策です。私は経験上、そのことを強くお勧めしています。良く知らないまま自力で大失敗するより、専門家に相談した方が出て行くお金を少なく出
来る場合がありますし、解決のスピードも早い。
経営者は進出先での収益確保に意識が行ってしまい、「物」「金」の準備を優先しがちです。
しかし、必死で準備した「物」「金」を使って計画実行するのは、他ならぬ「人」です。意外な盲点ですが、「ビザ取得」と「生活設営」が上手く行かなくて、海外事業が著しく停滞することもあるのです。 あなたの会社では、海外赴任者のサポートをどれぐらい熱心にやっているのでしょうか?今この瞬間にも世界のどこかで、自力で解決出来ない問題で悩んでいる駐在員がいるかもしれませんね。
次回は、「語学」について触れてみたいと思います。
【連載】失敗から学ぶ海外人事(第2話 グローバル人材って、どんな人?)
2019.03.18
第2話 グローバル人材って、どんな人?
ある企業の海外人事担当者さん、ため息つきながら言いました。
「うちはグローバル人材不足で、海外赴任の候補者選びに苦労してるんですよぉ。」
ふと、素朴な疑問が心に浮かんできて、「グローバル人材って、どんな人なんですか?」と訊いたら、その担当者さん、「えっとぉ・・」しばしの沈黙の後、「そこですよねぇ!まず、そこからですよねぇ。」
分かってないけど、分かってるような気になってることが多いですよね。自分は分かっているという前提を疑うことが、本当の改善の始まりかもしれません。
海外赴任予定者に研修を施して、どういう人材になってもらいたいのでしょうか?
経営陣や海外人事は、その人物像をしっかりと策定しておかなければなりません。大手企業の中には、元海外駐在員を海外人事に配属しているところがあります。駐在経験を活用し、実践的研修プログラムを創り上げています。
一方で、中小規模の企業では、コスト的に十分な研修は難しいのかもしれません。だからといって、何もしないで駐在員を派遣すると、海外事業の崩壊を招くリスクがあるので放置できませんよね。
最近では「グローバル人材育成」という、海外駐在員研修よりもっと範囲を広げて、全社員のグローバル化を推進している企業を見かけるようになりました。
では、グローバル人材とは、いったいどういう人のことを言うのでしょうか?
【グローバル人材とは?】
経済産業省のホームページに、「グローバル人材育成委員会」というページがあります。
2010 年 4 月発行の報告書に、グローバル人材の定義が端的に記述されています。
「グローバル化が進展している世界の中で、主体的に物事を考え、多様なバックグラウンドをもつ同僚、取引先、顧客等に自分の考えを分かりやすく伝え、文化的・歴史的なバックグラウンドに由来する価値観や特性の差異を乗り越えて、相手の立場に立って互いを理解し、更にはそうした差異からそれぞれの強みを引き出して活用し、相乗効果を生み出して、新しい価値を生み出すことができる人材。」
とても格調高いですね。こういう人材が社内に沢山いれば、きっと儲かります。 残念ながら、 私は、定義通りの人に会った経験はありません。
【言うが易し、行い難し】
ここで、私の海外工場勤務時代の失敗談を一つ。ある日、倉庫を巡回していると、作業者がラジカセで音楽を鳴らし歌いながら、楽しそうに作業しているところに出くわしてしまったのです。
すぐに倉庫の現地マネージャー(以下、「マ」)を呼びつけ、「あれは、なんや?すぐに音
楽をやめさせろ!」と指示したのです。彼は、平気な顔で言いました。
マ「えっ?なんでだめなの?みんな、楽しそうじゃないですか。」
私「ながら作業すると、注意散漫になってミスするし怪我するだろうが!」
マ「ここの連中は、音楽鳴ってた方が作業に集中できるんだよ。」
私「職場規律っちゅう言葉を知っとるか?」
マ「音楽聴いちゃいけないなんて、就業規則のどこにも書いてないぜ。」
私「がたがた屁理屈いうな。とにかく禁止だ!他の現場にしめしがつかん。」
マ「いきなり禁止したら、みんな文句言うよ。ここではソフトにやらなきゃ、後で面倒なことになるぜ。まぁ、わかったよ。何と かするから、そんなに熱くなるなよ。」
数時間後、驚いたことに音楽はぴったり止み、倉庫では全員が静かに作業していたのです。「意外に簡単だったみたいだね。」とマネージャーに言ったら、 「あははは!あいつらに、日本人のボスは音楽が嫌いらしいって言ったのさ。」
当時の私は、誰のアドバイスにも耳を貸さない生意気な若造でした。異文化理解や価値観の尊重など、収益性と効率を追求する現場にいると、どこかへ飛んでしまうのです。相手が、心を持った人間だということを忘れていました。
強気な態度を変えないまま 1 年後に、私に不満を抱いていた倉庫の作業者達の労務問題が発生。工場の稼動が大混乱しました。それ以来、現地スタッフの言葉に耳を傾けるようになったのです。
【人材育成の本質とは?】
最近、グローバル人材育成に関するセミナーのネット動画を観ていて、著名な大手の人事マンが、最後に言った言葉が心に沁みました。「いろいろやりましたが、仕組みだけでは人は育たないというのが結論ですよ。人間は、 心に響かないと絶対に変わりません。」
語学研修や異文化理解など、さまざまな研修が企業で実施されています。真に効果的なグローバル研修・赴任前研修とは、いったいどういう研修なのでしょうか?
皆さんも、一度じっくり考えてみてはいかがでしょうか?研修制度の設計は、会社の将来を描く仕事です。高額な研修は無理でも、工夫すれば心に響かせる方法があるかもしれません。
来週は、赴任地での「困難な生活設営」について、考えてみたいと思います。
【連載】失敗から学ぶ海外人事(第 1 話 海外事業は駐在員の人選から!)
2019.03.13
失敗から学ぶ海外人事の連載スタート
人事の仕事は社会的な仕事ではなく、社内的な業務がメインとなります。また、営業・マーケティングなどに比べるとセミナーや異業種の交流回などの催しも少なく、極めて外部の情報が入りにくい仕事だと思います。特に海外人事に関しては大手企業でもない限り、お仕事にまつわる情報は少ないはずです。
そこで、これから複数回に渡りシリーズ化し、実施に海外人事の専門家から、海外人事にまつわるお話しをしてもらいます。また、専門的な難しい話ではなく、本人が実際に海外人事や海外赴任の経験から得た、通常では知り得ない情報をご紹介していきます。実際に海外人事で失敗した生々しい事例をご紹介しながら海外人事の本質に迫っていきます。
第1話 海外事業は駐在員の人選から!
企業の海外事業所のパフォーマンスは、駐在員の人選で 80%以上決まってしまう!と言ったら、少々乱暴な言い方でしょうか?
今回お話するのは、 ある企業で実際に起こった恐い話しです。 よくある話なので、今日も世
界のどこかで、 同様の不具合を経験をしている 企業があるかも知れません。知り合いの A さんの話しです。
1990 年代、 A さんは突然、途上国での新工場立上げを命ぜられました。晴天の霹靂!
当時 30 歳過ぎたばかりの A さんは、 メーカーの工場で生産計画の主担当者でした。海外工場の担当は他部署だったので、海外勤務など対岸の火事だと思っていました。
上司が言葉を震わせながら、「お前、少し英語できるだろ?たぶん三年だ!たのむ!行ってくれそうなのは、お前しかいないんだ。」と言うので、仕方なく OK したのです。
実は、赴任地の言語は英語ではなかったそうですが・・・。 A さんは内示の段階で、かなり嫌な予感がしたそうです。
工場立上げメンバーは総数 4 人という少数で、 40 歳半ば技術畑の課長さんと 30 歳代前半の若手で、本社では実務の中核を担っている顔ぶれでした。
少数精鋭を気取ってはいましたが、海外工場経験者は一人もいませんでした。
現地入りして初めて、 A さんは専門分野だけでなく購買・倉庫・通関、さらに総務的なことも担当することを知りました。
当たり前の話ですが、やったこと無いことは指導できません。しかも、 管理職経験のなかった A さんは、いきなり 40 人の大所帯のマネージャーになっていました。本社では、通常はあり得ない組織編成です。
不幸にも、他のメンバー全員にも A さんと同様のことが起こっていたのでした。大和魂と気合で乗り切るしかありません。何しろ素人集団、当然のことながら工場は大混乱!なにやっても上手くいかない。
度重なる工場の混乱で、多額の対応コストがかかりました。
彼らの「根性の長時間労働」にもかかわらず、改善はなかなか進みません。
会社は、安い工賃で収益改善を狙ったのですが、工場稼動が不安定なので生産量を増やすことを躊躇し
ていました。大きな投資でしたが効果が出ず、経営陣はあせりを感じていたそうです。
A さんが「もう、あたしら死ぬかも・・」と白旗振っていた 4 年目に、本社がやっと動きました。 現地語に堪能な海外工場経営のベテラン、生産管理の熟練者、経理・人事のプロという「スペシャルチーム」を追加派遣したのです。
彼らは半年で成果を出し、工場を軌道にのせてしまいました。立上げ時に必要だったのは、彼らのようなプロ集団だったのです。
海外駐在員の人選は、当たり前の話ですが、「何のためにいくのか?」「何しに行くのか?」が具体的に分かっていなければなりません。
「行ってくれる人」や「日本で優秀な人」が、必ずしも「目的に合った」人材とは限りません。
利益を上げている海外事業所には、「すべきことが具体的に分かっていて、それを実行する能力のある駐在員」が必ずいます。
そういう 企業では、経営陣や海外人事に人選と育成のノウハウがあるのでしょう。
駐在員の人選には、会社の海外事業に取組む姿勢が表現されています。だとしたら、海外事業には、どういう人材を選び育めば良いのでしょうか?
海外事業を展開する企業にとっては、とても奥の深い重要なテーマですね。
次回は、「赴任前研修」について考えてみたいと思います。